ヤマザクラ・オオシマザクラなどの観賞と見分けのポイント
文部省唱歌の「春がきた」は、1910年(明治43)に尋常小学校読本唱歌・上で発表。 1番「春が来た春が来た どこにきた 山にきた 里にきた 野にもきた」 2番「花が咲く花が咲く どこに咲く 山に咲く 里に咲く 野にも咲く」と歌詞は続くが、さて、何の花かとなると「その種類は特定していない」。何が咲いたのでしょうか・・。一方、桜の開花は同じ頃の明治の詩に「さくらさくら」という歌がある。
1番 さくらさくら やよいの空は見わたすかぎり
かすみか雲か 匂いぞ出ずる いざやいざや
見にゆかん・・・
歌詞の内容は少なからず「文語調」のようであるが、情景を的確に捉えていて、様子を伺い知ることができる。だが、こちらは文部省唱歌ではない。
歌謡曲の分野にも植物を題材にしたヒット曲が数多くある。春を迎える季節は「自然界の転換期」であるとともに、人の心を揺さぶる明るくて、楽しい季節でもある。
1.バラ科・サクラ亜科の植物について #
(1) バラ科には約100属・3000種があり、全世界に分布。ふつう4亜科に分類されるが、果実の特徴が主に分類の基準とされる。シモツケ・バラ・サクラ・ナシの各亜科。
学名は
「オオシマザクラ・Prunus speeiosa Sieb.var.spontanea Makino.」
「ヤマザクラ・Prunus jamasakura Sieb.」
「エドヒガン・Prunus pendula f.ascendens Makino.」
「ソメイヨシノ・Prunus yedoensis Matsum.」
(2) バラ科全体の共通した特徴は、花は両性で、放射相称、がく裂片と花弁が各5枚、雄しべは多数で、多くは雌しべも多数。ヤマザクラは単葉で雌しべは1本、実は液果。
(3) サクラ亜科は、雌しべが1本、萼または萼裂片は開花後に脱落する。液果の一種で、内果皮が硬くかつ厚くなった核のある石果をもつ。スモモ・アンズ・ウメ・サクランボなど。
(4) サクラ亜科は果実と核(内果皮)の性質の違いによりモモ・スモモ・サクラ・ウワミズザクラ・バクチノキなど6属に分類。
(5) モモ・スモモ・アンズの各属の果実には縦方向の溝があり、核にくぼみやしわがあること、アンズ属(ウメ)は果実には柄がほとんどなく、外果皮に細かい毛が生える。 サクラ属・ウワミズザクラ属・バクチノキ属の果実には溝がない。
(6) 普通サクランボは「セイヨウミザクラ」を改良した栽培品種に結実。明治初年に果樹として導入された。サクランボの実は桜桃または甘果桜桃ともいう。
(7) 帆柱山系で観賞できるサクラ類は、一番多いのがヤマザクラ、次がヨシノザクラ、フユザクラ、オオシマザクラである。他にはサトザクラの数種類が森林植物園に植栽された経緯があるが、被害の影響で残存している樹種は明確でない。
2.オオシマザクラのルーツは・・? #
(1) 伊豆諸島特産のサクラである。カスミザクラから分化してできたと考えられている。カスミザクラに比べて花や葉は大きく、枝は太くて、無毛、普通花は白色で芳香がある。葉は桜餅を包むのに利用(塩漬けで香気発生)し、栽培も行われている。
(2) 多くのサトザクラの栽培品種の生成の元となったサクラとしても重要な品種である。 ソメイヨシノ・紅枝垂れ・八重紅枝垂れ・イトザクラなどの生みの片親的存在である。 (注・イトザクラはエドヒガンの枝が細く垂れ下がったもので、シダレザクラともいう。
(3) 花は葉が出る頃に咲く。花には芳香があり、花の径は直径4㎝ほどで大きく白い。若葉は緑色のために遠くから眺めると青白く見える。葉の縁には著しいのぎ状の鋸歯がある。
(4) 樹皮は灰紫色で横長の皮目が目立つ。果実は赤色になってから黒く熟すが苦みが強い。
(図解説明)
オオシマザクラの密腺は葉柄上に二個つく。葉身の幅が最も広いところは中央より上
ソメイヨシノの密腺は葉柄と葉身の接点につき、葉身の幅が最も広いところは葉身の中央部
エドヒガンの密腺は葉身基部の葉縁につく。
(ほんとうの植物図鑑より引用)
3.ソメイヨシノの誕生には2説あり #
現在の花見の主流はソメイヨシノであるが、これは江戸時代末期に出現し急速に普及した品種である。名所の桜の多くはソメイヨシノである。
葉が出る前に花が咲く「エドヒガン」と、大きい花びらが特徴の「オオシマザクラ」との交配から生まれた説が有力。
2品種の特徴を受け継いだソメイヨシノは、江戸は植木の里と呼ばれる「染井」(現在の東京都豊島区駒込、巣鴨)で生まれたことからソメイヨシノと呼ばれている。
1912年当時の東京市長、尾崎行雄が日米親善のためにソメイヨシノの苗木を贈り、ワシントンのポトマック河畔に植樹。お返しに「アメリカハナミズキ」が渡来。
繁殖方法は「接ぎ木」など。寿命は短く、約50年で老衰する。自家不和合性が強く、種子の結実までいたらないことから、接ぎ木か挿し木で苗木を生産。
4.ヤマザクラは野生種の代表 #
(1) 日本のほぼ南半分と朝鮮半島の南部に分布。日本の野生種(9種)の代表。 ソメイヨシノが出現する前の花見の対象は、多くの場合ヤマザクラであったのでは・・。
(2) 開花の頃、若芽が伸びるが木によって色は緑色、黄緑色、褐色、紅紫色といろいろ。 古くから有名な「奈良・吉野山」のサクラはシロヤマザクラが大半。
(3) 花は白色、淡紅色から濃紅色のものまであり、若芽の色とともに変化に富んでいる。若芽が濃い紅紫色で花が純白という組み合わせが、最も気品があるといわれている。
(4) ヤマザクラ群のサクラは、どれも「がく筒」の部分が細長い筒形で、先は少し広がり、花柱にはほとんどの場合毛がない。形は下に向かって細くなるのが特徴。
(5) ヤマザクラはエドヒガンに次いで寿命が長く、大木になる。野生種はオオヤマザクラ・エドヒガン・オオシマザクラ・カスミザクラ・チヨウジザクラ・ミヤマザクラ・マメザクラ・など。巨樹・巨木のランキング10位の中でエドヒガンが9位を占める。
(6) ヤマザクラ・オオヤマザクラ・カスミザクラの樹皮はつやがあって美しく、いろんな細工物などに利用。材質がよいので昔から版木や楽器に用いられた。
(7) ヤマザクラが日本の南半分に分布、ほぼ北半分に分布するのがオオヤマザクラ。東北や北海道にはヤマザクラはない。ソメイヨシノも少ないので花見の対象はオオヤマザクラ。
5.森林植物園のフユザクラは春と初冬の2回開花 #
初冬と春の2回花を楽しめるサクラである。片親がマメザクラであることは確かだが、一方の親はヤマザクラとサトザクラの両説がある。
淡紅白色から白色の一重花を散房状に2~3個開く。春の方が大形、花弁は円状広楕円形、冬季は楕円形、萼筒は筒形、北海道、本州、四国、九州に分布。
葉身は倒卵状広楕円形で単または重鋸歯、葉柄は伏毛密生。長さ4~7㎝、雄しべは32~39、幅3~7㎝、葉柄は1.5~3㎝。
【参考】
ア:マメザクラは本州太平洋側に分布。花と葉がサクラ類では最も小さいことによる。花は下向きに咲き、直径2㎝ほど、花柄に斜上する毛あり。葉は花咲く頃に展開する。
イ:マメザクラの幹は基部から分岐して樹形は傘状となり、高さは3~8m。富士山や箱根方面に多く自生することから、フジザクラ・ハコネザクラの別名もある。
ウ:オオシマザクラは栽培品種生成の親木になったことで重要視されている。片親としていろんな種類を生じてきたが、その新しい園芸品種などを総称してサトザクラという。
(注・・サトザクラは130余種)
6.サクラにまつわる格言など・・? #
『さくら切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿』
経験に基づいた生活の知恵を教える言葉。サクラは切り口から腐れ易いので剪定しない方がよい。ウメは枝の剪定をした方がよく実がつく。
『三日見ぬ間の桜かな』
江戸中期の俳人・大島蓼太の句「世の中は三日見ぬ間の桜かな」から出た言葉。世の中の移り変わりは激しいものだ、という意味で変化の素早い様をいう。
この句のとおりサクラの花盛りは短く、開花したトタンに一転して散ることから、美しく咲き、潔く散ることを武士の規範とした。・・「花は桜 木人は武士」
『桜は花に顕れる』
花が咲くまで他の木に紛れて判らなかったものが、花が咲くとサクラと知れる。
普段は目立たない人が、何かの機会に才能を発揮することを例えたもの。
『やはり野におけ蓮華草』
友人が遊女を身請けしようとするのを諫めるために俳人「瓢水」が詠んだ俳句「手にとるな やはり野におけ 蓮華草」にもとづく。 レンゲを摘んで家に飾っても不似合いで本来の美しさは感じられない。本来の場所が一番環境に合っているという喩え。
7.帆柱自然公園のサクラ見どころ #
自然公園は約540㌶に及ぶほど広大な森林地帯である。その中にはヤマザクラを筆頭にオオシマザクラ・フユザクラ・ヨシノザクラなどが全山の各所で観賞できる。
(1) 山麓駅から山頂に向かっての散策コースで、最初の見どころは表登山者道の沿線である。市街地の遠望から手近のサクラまでが楽しめるポイント。
(2) 権現山周回道にはオオシマザクラとヤマザクラの集団が迎えてくれる休憩ポイントがある。ベンチに腰掛けてゆったりした時間帯を楽しんで欲しい。
(3) 次は帆柱森林植物園の一周コース。次から次とサクラが目に入るから見どころいろいろ。入口から周回道を奥に進むとサクラ広場にたどり着く。種類は多いのだが傍まで行けないのが残念。さらに歩を進めるとフユザクラとヤマザクラの景勝地に到着。ゆっくりご堪能ください。
(4) 最後は下山しながら皿倉山北斜面の全山の色合いを観賞。サクラの開花で白一色が漂う様子はこの時ばかり。眼下の市街地の景観と共に「絶景かなー」と叫びたくなる個所。
注:本件資料は、NPO帆柱自然公園愛護会の会員研修用にまとめたものです。作成にあたり下記の引用・参考文献を有効に活用させていただきました。
【引用参考文献】
・ 植物の世界 朝日新聞社刊/大場秀章他著
・ 牧野日本植物図鑑 北隆館刊/牧野富太郎著
・ 日本の樹木(ヤマザクラ他) 学習研究社刊/横山敏孝著
・ 日本の樹木(オオシマザクラ他) 学習研究社刊/横山敏孝著
・ シーボルト日本植物誌 ちくま学芸文庫刊/大場秀章著
・ ほんとの植物図鑑 地人書館刊/代表室井ひろし著