5月頃に咲く花の中から、不思議さの代表4種が登場
花の形態は「萼・花弁・雄しべ・雌しべ」の4機能を持つ花を完全花(両性花)という。実際は完全花は被子植物の約70%を占めているが、全部が自家受精の仕組みを採用することなく、近親結婚を忌避する特別な仕組みを完成させている。
他花受粉、先熟時間差、異型ずい現象、自家不和合性など、有性繁殖における有利性をさらに高める仕組みをもっている。このような仕組みは動物界にはなく、植物界の特異な形態である。
ところで、この特異な繁殖形態の中で、さらに不思議な事象が、被子植物や裸子植物で見られる。5月頃に咲く花の中から選んだ次の種は、繁殖において特異性を身につけた植物である。
(1) シャガのように花は咲けども実ができないもの ・ ・ ・ 三倍体遺伝子による
(2) マムシグサのように性転換をおこなうもの ・ ・ ・ 可逆的な転換もある
(3) セイヨウタンポポのように閉鎖花でも繁殖できるもの ・ ・ ・ 咲く必要がなくなった花
(4) ギンリョウソウは双子葉植物だが腐生植物である ・ ・ ・ 光合成能力をなくした菌根植物
1.シャガの繁殖は這ってでも頑張る #
アヤメ科は約80属・1750種からなり、全世界に分布。
花の特徴は3数性の花であるために雄しべが3本、内花被片3枚と外花被片3枚で構成している。
ほとんどが宿根性の多年草で春から夏場には活発に活動し、冬場には地上部は枯死する。
日本には8種のアヤメ属が野生状態で見られるが、キショウブとシャガは移入説があって、自生種はヒメシャガ・ヒオウギアヤメ・アヤメ・カキツバタ・ノハナショウブ・エヒメアヤメの6種である。
★シャガ・アヤメ属
(1) 本州から四国・九州に分布。生育条件と花の形が他のアヤメ属とは異なり、スギ林や竹林などの林床に生育する。中国から渡来したといわれ、三倍体で種子はできない。
(2) 葉は越冬性で幅が広く緑色で光沢がある。根茎から扇状に束生する。根茎から長いストロンを伸ばしてふえるため、大きな群落を形成する。花色は白色から淡紫青色。
(3) 外花被片の中央部には黄橙色の斑紋のあるとさか状の突起がつき、その周りに青紫色の斑点がある。花期は4~5月。
★三倍体の植物
(1) 三倍体は花粉や胚珠が不稔になるので、種子をつくれない。花の無性化が伴って起きた場合にのみ、生じた三倍体は生き残り得たのであろう。
(2) 花の性質の一つに「八重咲き」叉は「重べん」と呼ばれるものがある。一般に八重咲き形質は劣性遺伝子が関係していて、この遺伝子がホモの状態(2個が対になった場合)になると八重咲きの株となる。
(3) 葉が変化していく過程は、葉 => がく => 花びら => 雄しべ・雌しべ、となるが、この変化の方向は、=> の方向にも、<=の方向(先祖がえり)にも起こることができる。
(4) この過程から分かるように花びらになるのは萼か雄しべである。葉が直接花びらに変化することは殆ど無い。雌しべが花びらに変化することもない。
(5) 萼が花びらになる種は・キリシマツツジ・オシロイバナ・ツリガネソウ・サクラソウ・本来の萼が変化して花びら・チューリップ・・3枚は萼で3枚が花びら。ラン科・アヤメ科・ユリ科・リュウゼツラン科植物などは全てこの例の通り。
- 雄しべが花びらになる ・ ・ ツバキ・サクラ・ダリア・シャクナゲ・ヤマブキなど。
- 雄しべが花びらになると、雄しべとしての機能が果たせなくなるので、実ができない。
2.マムシグサの巧妙さは残酷な仕組みの上になりたつ #
植物の個々の花は、両性花と雄花・雌花の単性花の組み合わせによって、さまざまの類型に分けることができる。
植物はこれ以外に複雑な性表現をとるものがある。ここでは性転換と呼ばれる現象について述べていきたい。
性転換をおこなう植物としてテンナンショウ属の性転換の研究が進んでいるので、確実性の高いマクシグサを例示にあげたい。
(1) サトイモ科のテンナンショウ属は、主に温帯域に分布する多年草。この属の植物は雄花と雌花の花被(萼と花弁)がなくなり、雄しべだけ、雌しべだけになった花が花序軸に多数配列したいわゆる肉穂花序をつくる。
(2) 地下に芋(球茎)があり、春になると地上部を出す。花を咲かせる個体では、花茎のまわりを1・2枚の葉鞘が取り囲んで茎のように見えるが、これは本当の茎ではなく偽茎と呼ばれる。
(3) この属の植物の花が花序全体で年によって雄花になったり雌花になったりすることは、米国と日本で相次いで報告された。テンナンショウウ属植物の性表現は球茎の重さによって決まる。
(4) 球茎が小さいときは葉だけを地上部に出すが、球茎の貯蔵物質が増えて一定以上の重さになると、花茎を出して雄花をつける。さらに球茎が重くなるとある年に突然、雌花をつける。
(5) 動物の性転換は一方方向であるが、植物の場合は可逆的な変化が可能な点が大きな違いである。雄から雌へ・雌から雄へ。
(6) テンナンショウ属植物の性転換は非常に顕著である。その他にウリハダカエデ・アケビ・クロユリなども性の変化が研究されているが、球茎の蓄積の大小による転換が定義づけられるような指標となるものが明確でない。
★マムシグサの肉穂花序とは・・
(1) マムシグサの肉穂花序は、雄花と雌花の個体は別々。花といっても花びらはなく、雄の穂には雄しべだけが、雌の穂には雌しべだけが、トウモロコシの実のようにびつしり並んでいる。
(2) 穂を保護するホウが雨水を防ぐカバーのような役割をしている。内部の壁はツルツルしてよじ登ることは困難。雄しべ、雌しべの上を駆け回れば脱出も可能。
(3) 雄花を包んだホウには、下部に小さな隙間があってそこから脱出できるが、雌花にはない。雄花の花粉を運んできたキノコバエは、雌花にたどり着いたものの、脱出の穴はないので死をまつのみか・・・・。
3.閉鎖花をつけるセイヨウタンポポの繁殖妙技 #
タンポポ属の植物は多年草で、一生をロゼットと呼ばれる形で活性する。茎は根際の1㎝ほどの部分だけで、土がかぶさったりしない限りは伸びない。
日本産のタンポポは、田の周辺や道端など、定期的に草が刈り取られる草地に生育する。光りの条件の良い秋から春にかけて成育し他の草におおわれる夏は葉を枯らして休眠する。その他タンポポの特技はここにもある。
★タンポポの特技
(1) 頭花は1本の花茎に1個だけつく。花茎はストローのように中空で、葉がつかない。
(2) 開花期には直立しているが、咲き終わると倒れ、種子が成熟中の頭花を地面すれすれの位置に保って、折れるのを防ぐ。
(3) 花茎は種子が熟すると再び立ち上がっり、最大限に伸びて、冠毛が発達したパラシュート形の痩果を風にさらす。
(4) 葉の裂けかたは変化が多く、一定していない。頭花は直径4㎝前後、総包外片が蕾の時から反り返っているのが特徴。花期は3~9月。
これに対して、日本には倍数体以外に、有性生殖をする種(二倍体)が関東から北九州まで広く分布し、頭花の形が複雑な地理的変異を示す。
日本産の二倍体種のタンポポは、カンサイタンポポ・オキタンポポ・シナノタンポポ・カントウタンポポ・トウカイタンポポの5種にまとめられる。
★ヨーロッパを代表するセイヨウタンポポは、雑草として世界中に広がり、明治初期に札幌農学校が野菜用に北米から種子を持ち込んだのが最初という説もある。
(1) もともと畑地の雑草であつため、夏に休眠せず、刈られるとすぐ新しい葉を出して光合成を続ける。発芽してから半年ほどの、ごく小さな個体でも花をつける。
(2) 種子の重さは日本の在来種に比して約半分で、よく飛ぶうえ、幅広い温度域でいつでも発芽する。
(3) 海外のタンポポの多くは倍数体で、花粉とは関係なく無性的に種子をつくる。(無融合生殖)
(4) 無融合生殖の場合は、胚や胚乳の発生は花が開く前に始まっている。カントウタンポポのように有性生殖をおこなう頭花は、3~4日咲き続けるが、セイヨウは1日咲くと閉じてしまう。咲く必要もないのだ。
(5) 無融合生殖の花は、同花受粉花をつけるものと同様、1個体だけで繁殖できる。セイヨウタンポポが都市の荒れ地で爆発的に増殖できる秘密の一つは、こうした繁殖方法をとることにある。
(6) 無融合生殖によってできる種子は、母親と同じクローンのはずである。シロバナタンポポで調べた結果、一株からであった。日本中のシロバナは同一クローンの可能性もある。
4.葉緑素を持たない「草」は銀色に輝く #
双子葉植物・シャクジョウソウ科は、光合成のための葉緑体を欠いた植物で、植物体全体が白・赤・茶・ピンク・等を現す。
腐生植物といわれ、高等植物の中では「異色」な科の筆頭格である。枯れ葉や枯れ枝を直接分解するのではなく、これらを分解する菌類から栄養分を得ている。
この科は菌根をもつ多年草で、10属13種よりなり、北半球の温帯域に分布する。互生する葉は葉緑体を欠き、鱗片状になる。
★ギンリョウソウ・・銀竜草、別名幽霊茸ともいう
腐植質の多い落葉広葉樹林に生え、茎の先に1個の花が下向きにつき、4~8月に開花する。全体に白色、果実は液果となり、球形で下を向いたまま熟す。茎が倒れるとつぶれて種子をまき散らす。
葉の退化した鱗片葉が多数互生する。茎の先に下向きに花をつける。花冠の裂片は筒状で3~5個・雄しべは10個・雌しべの柱頭はキノコ状で縁は紫色・似た植物
・・サイハイラン・ラン科・山地の木陰に生える多年草・花期は5~6月・花茎は高さ30~50㎝、10~20個の淡緑褐色で細長の花を総状つける。
・・ナンバンギセル(ハマウツボ科)・山野に生える1年生の寄生植物。ススキ・サトウキビ・ミョウガの根によく寄生する。花柄の先に淡紫色の筒状花を横向きにつける。
・・ツチアケビ・ラン科・葉緑素をもたない腐生植物。地下茎は太くよく分枝し、根の中にナラタケの菌糸束を取り込み、菌と共生している。葉は退化し鱗片状。
★寄生植物
(ア) 他の緑色植物から栄養分を得て生活している植物を寄生植物と呼んでいる。ヤドリギは常緑でやや多肉な低木状の半寄生の双子葉植物。北海道から九州南部まで分布。
(イ) 被子植物23万種の中で3400種ほどが寄生生活をする植物として知られている。すべて双子葉植物に属し、単子葉植物には寄生生活者は見あたらない。
(ウ) ゴマノハグサ・ヒロハトラノオなどは半寄生植物。見た目では独立生活をしているようですが、地下の根で他の植物の根から養分を奪う半寄生植物です。
(エ) ハマウツボ科は完全寄生植物群。自分では光合成で有機物をつくる必要がない特殊な生活をしている。ハマウツボ(砂地に生える一年生の寄生植物)ナンバンギセル等。
★腐生植物
(ア) 有機物を分解して生活している菌類から全ての養分を得ている植物を腐生植物という。ギンリョウソウは腐生の代表種。菌類に栄養を頼っている生活型。
(イ) イチヤクソウ科やツツジ科は光合成をする独立自養植物ですが、菌根植物として有名。 貧栄養で乾燥した環境でも生活できる要因は、菌根を発達させたことにある。
(ウ) ラン目・ツツジ目は菌類との共生関係を高度に発展させた植物群。ラン・ツツジは微細な種子を膨大に生産するという特性を発展させた植物群でもある。腐生型は種子の発芽生育の初期から菌類との共生が成立しないと生育できない。
注:本件資料は、NPO帆柱自然公園愛護会の会員研修用にまとめたものです。作成にあたり下記の引用・参考文献を有効に活用させていただきました。
【引用参考文献】
- 植物の世界 植物の雄・雌と性転換 木下栄一郎著・他
- 植物学入門講座 井上 浩著/加島書店
- 新しい植物生命科学 三村徹郎・山本興太郎・渡辺雄一郎各著/講談社
- 花と昆虫不思議なだましあい発見記 田中肇著/講談社 ほか