触覚・味覚などと類似のはたらきをする植物を観察しよう
種子が発芽して根付くと生涯その場所から移動することができない。動物界と植物界の最大の特徴は「永年固着性」です。動物は手足で動き回れるが、植物はそんなことはできない。
帆柱山の土地に根付いた樹木は、そこが長年生活の場所。如何にして個体の維持成長を図るか、また、周辺の同種間や異種間との情報交換はどんな仕組みになっているのだろうか。
意志伝達や情報交換に相当する「植物の五感」は、どんな反応を示すのであろうか。動物のような「視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚」との対比の現場を探してみることにした。
1.永年固着性の特性の中で、樹木の情報伝達の器官と媒体とは #
樹木は生物界で最大の形状と寿命を保持し、根づいた場所の環境は生涯つき合わなければならないないし、維持存続のため天空から地中に至る範囲で、いろんな対応を身につけなければならない。
(1) 動物の視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚の五感は、脳神経系・感覚器官を経由するので迅速に伝わるが、樹木が感知するのは「上長成長点と根系成長点及び葉の器官」が重要な役割を担っており、反応は成長の伸展、形態の形成に現れるので、その反応は緩慢である。
(2) 植物の反応は内部的な変動のほかに、四季の変化に現れるように、外的要因として芽吹き・新緑・成長・結実・紅葉・落葉などいろんな対応が見られる。動物界でも季節の変わりめには、繁殖や冬眠などの能動的な動きが見られるように・・。
(3) 植物の情報の媒体は、光(波長・短日長日・屈光性)、温度(低温・高温)、重力(屈性・屈地性)、水分(過剰・不足)、振動(風など)・化学物質などが植物体に受け入れられると、細胞内で化学的な内部信号に変えられる。
(4) 化学的内部信号は、多くの場合植物ホルモンである。新規ホルモンの合成、含量の変化や移動や輸送に差違が生じることで内部信号となる。(サクラのテングス病はホルモンのアンバランスによる場合がある。)
2.樹木が情報を受けとる器官は「成長点・葉・形成層」 #
樹木は周囲の環境の情報を認識し、環境の変化に対応して生活のリズムを保っている。このことは形成層や成長点や葉の全体が感覚器官の役割をもっており、温度や光をはじめさまざまな情報を受け取り個体全体を制御しているものと判断される。
(1) 永年固着性の特性の中で、林冠木が優占する地位を築くまでは、若木の時代の隣接者は生死に関わるライバルである。これに対処するため樹木は光や化学物質を用いて個体維持に必要な情報機構を整備しているとみてよい。
(2) 情報の媒体と発信・受信の器官は、動物の眼・耳・鼻・舌・皮膚などの器官は生涯固定的であるが、樹木の形成層・成長点・葉などの感覚器官は固定的な器官ではなくて、たえず若返って個体内を移動していることが特徴である。
(3) 同じ種類が維持存続をはかるには、交配を有利に導くための花や果実の構造が感覚器官としての機能をもち、花の形や色、蜜、香り、散布のための構造などが意思伝達の役割を果たしている。このような情報交換は、昆虫・哺乳動物などに向けて発せられる共存のための情報である。(昆虫の三原色:緑・青・紫外線・・・昆虫の眼には白色の花はない)
★特徴の集約
ヒトなどの哺乳類は、眼-視覚・耳-聴覚・鼻-臭覚・舌-味覚・皮膚-触覚をもって情報をとらえている。これに対して、樹木の基本的な器官は一層の形成層と伸長成長をする茎や根の成長点と、葉の器官が特に重要である。
樹木の器官の特徴は、固定的でなくてたえず若返って個体内を移動することである。年輪は器官が移動した証拠として個体内に蓄積される
3.樹木の受信反応による五感のあらわれ #
ア) 視覚・聴覚が本当にあるのかしら
太陽光は光合成のためのエネルギーであると同時に、周囲の環境条件を知るための重要な情報源である。植物は光環境の要因である光強度・光周期・光質などの変化が生じた場合、対応手段として形態的変化をすすめ、自らの生存や繁殖に適した形態をとることができる。
光合成は昼間か夜間か、温度の高低、乾燥か湿気か、などの環境条件によって、気孔の開閉を調節し、蒸散とのジレンマに対応しながら態勢維持をはかっている。
(1) 樹木は光・電磁波を媒体として動物の視覚・聴覚に相当するような情報伝達をおこなっているとみられる。葉層を通過した太陽光は、550nmと660nm領域の波長が多く吸収されることで減少し、450nmと730nm領域の波長の相対量が多くなる。
(2) この光質のもとでは、下層の葉は450nmでの光合成高率が高まるよう変化する。また、発芽は光質や光の強さに関係し、弱光反応では730nmの光質で発芽が抑制され、660nmの光質で抑制が解除される。
★要 約
植物は光の「色」を見分ける能力を備えており、「青色(450nm)」と「赤色(660nm)」 近辺の波長は、葉緑素(クロロフィル)によく吸収され光合成に特に有効である。
植物は「葉緑素」や「フィトクロム」などの色素の働きを介して、光に対する反応特性を備えている。フィトクロム色素は弱光反応や強光反応に応じて種子発芽・花芽分化・開花子葉の展開・葉緑素合成・節間伸長などの器官形成の質的変化を誘引する。
森林内にギャップが発生した場合、スギ種子の発芽は、赤色光近辺の波長によって活性化されるが、遠赤色光(730nm近辺)では発芽が抑制されるという性質を持っている。 青色光近辺の波長は有効であり。植物を頑丈に育てる効果がある。
皿倉山の周辺にスギ林が多いのだが、自然発生的に稚樹が芽生えないのは、木洩れ日が弱光反応(730nm)となり、発芽を抑制していると考えられる。
林冠構成の一部が何らかの原因で壊れるとギャップの状態が出現し、太陽光が十分に注ぐ(660nm)ことになり、スギ稚樹の発芽を促進する環境が生じることになる。
(3) 樹木は化学物質(青葉アルコール・タンニンなど)を媒体にして動物の臭覚(気相)・味覚(液相)に相当する情報伝達を行っている。化学物質は仲間内での言葉の役割をもっている。
(4) ヒトの聴覚・味覚を担っている機能を、樹木では葉などの化学物質が担っている。ブルーマウンテン現象は、樹木が放出する化学物質が個体間に伝信されることで起きる。
(5) ダケカンバは、四国~本州~北海道の亜高山で森林限界を形成する。カバノキ属の植物は開葉時によい香りを発散させ、森一面がフイトンチッドで青く霞み、揮発性のベンジルアルコールなどの香り成分が漂っている。
★ブルー山(マウンテン)は、ジャマイカのブルーマウンテン(2256m)とオーストラリアの南東にあるブルーマウンテンズの2国の山脈が有名。ところが地元の日本にもあったのです。
思い出してください。藤山一郎と奈良光枝のデュエット曲・「青い山脈」を。 作詞家西条八十は群馬県吉井町の牛伏山(491m)に登った折りに、頂上からの展望に感動し、その時の様子を書きとめたのが、「青い山脈」の誕生だといわれています。
曲をつけたのが作曲家服部良一です。この歌は昭和初期の大ヒット曲であり、今でもカラオケで歌い継がれていて「元気の出る、懐かしい歌」なのです。牛伏山頂から見えた「青い山脈」は、北方向なら榛名山(1391m)、西側なら荒船山(1423m)の山波が青色がかって見えたのではと勝手に想像。
★植物の世界第8巻・渡邊定元著より要点抜粋・・
カバノキ属の植物は風媒花で自家不和合性である。そのためカバノキ集団は花を同調させなければ交配がうまくいかない。植物は一定の気温になると花を開くメカニズムをもっ? ているが、香りは集団内の一斉開花や開葉をより確実にする引き金の役割を担っている可能性が考えられる。香りは一斉開花の合図・信号だとみられる。
【参考】カバノキ属・ミズメ・Betula grossa Sieb.et Zucc・・
岩手県以南~四国~九州に分布。樹皮や冬芽から発するサロメチールのような香り(サリチル酸メチル)が特徴。
落葉高木・幹は斜面でも直立・互生・単性雌雄同株・4~5月頃開花・雄花序下垂・風媒花・風散布・別名はアズサとかヨグソミネバリ。樹皮は黒褐色・材質は強靱なため梓弓や柄・器具や家具・床板などの材料に用いられる。英彦山の豊前坊の登山路沿いに成林。
イ. 化学物質を媒体にして臭覚(気相)・味覚(液相)の情報を伝える
化学物質は種内・種間関係での言葉の役割をもっている。臭覚や味覚は視覚・聴覚に比べて人間の日常生活の場で度々お目に掛かっているのだが、見すごしている場合が多い。観察する機会があったら、次のようないろんな事例から五感の一部を察知してほしいものです。
(1) 植物に味覚があるはずはない、という認識を払拭したのが「塚本正司著・主張する植物」に出会ったときからである。読み終わった後はますます「神秘的な植物の営み」に感銘。
(2) 植物の花は花蜜を製造する。昆虫は蜜に魅せられて集まってくる。また動物や害虫などによる食害から身を守るために「毒性」の成分も自家製造する。
(3) このような花蜜の甘味成分は、「昆虫」たちにいちばん喜ばれることを植物は承知のうえで製造しているのであって、味覚に相当する機能を持っているといえる。
(4) 毒性の忌避成分も同じように進化の過程で身につけた防衛態勢の1つである。植物ごとに成分は異なるが、それぞれが独自に開発した機能であり、植物自体は当然中身を承知しているとみてよい。その毒性による自家中毒を発しないのが、臭いや味わいの機能のあらわれである。(アブラナ科・カラシ油配糖体・シニグリンはモンシロチョウの食草・昆虫は狭食性)
(5) 身近な植物ではアセビ・ネジキ・トリカブト・イチイなどは毒性が強いことから、日常生活の場では危険視されてきた。臭いをして防衛する植物は他にも多い。
(6) ギシギシ・イタドリ・カタバミ・ホウレンソウなどには水溶性シュウ酸塩が、サトイモ・マムシグサには不溶性シュウ酸塩が含まれる。いずれも毒物である。
(7) チョウは昼間に活動するので、主に視覚によって花を認識するが、夜行性のガでは花の色彩(白色が多い)は目立たないが、甘い臭いを発する花に対する嗅覚の役割が高くなる。
(8) 植物のにおいの役割は、花の香りが昆虫を誘惑するためのものといわれる傍ら、葉のにおいは植物同士が連絡し合う言葉だといわれている。(植物も言葉を操る・高林純示著より)
★続森林の100不思議・・(大平辰朗著)
動物は意志伝達の方法として言葉や鳴き声を使いますが、植物は何をどう使っているのか研究が進んでいます。植物は他感物質のような揮発性物質を放出して意志を伝えているのではないかということです。ポプラは食葉害にあうと周りの植物に警戒信号を出して食べられないようにと、ある種の他感物質を使って話しかけていると考えられています。
シラカンバでも同じようなことがいわれています。それでは逆に他の植物の出すメッセージをかぎ、理解できる感覚器官、すなわち臭覚は植物にあるのでしょうか。植物は大気に葉を広げ、気孔という器官を通じて盛んに炭酸ガスや酸素を吸ったり、吐いたりしているのですが、この葉の機能に動物の鼻に相当する臭覚の働きがあるのではないかと考えられています。試験的に炭酸ガスを流したときに顕著な応答を表しています。シナモンやジャスミンの香り成分を流したときも同じような応答パターンを確認。
ウ. 触覚のあらわれ
触覚は他の感覚に比べて誰もが体験できるから試してみるとよい。庭先に植えた花がきれいに咲いてほしいと毎日触っていると、その部分は太くなり形状の変化が見られるという。 茎や葉に生えている毛の機能は解明されていないことが多いが、1つの事例から、短い足の害虫から見たとき「長い毛の上は歩きづらい」こと、短い方が歩きやすいため虫が集まる。
(1) カンバ類のなかでウダイカンバは、ある程度の高さに達すると、同種の他個体との葉に接触した場合にはいずれか一方が枯死する。植物の葉は触れあうこと、重なることを嫌う。
(2) 樹木の触覚によって葉が重ならないよう種内関係の機構ができているとも解釈できる。ウダイカンバは他種とは空間を共有できても同種とはできない。(イチョウの葉を参照)
例・皿倉山の9合目南斜面にオニグルミの小団地がある。この樹冠下の下層植生が目立たないのは「アレロパシー現象」だと考えられる。
(3) 双子葉の発芽は2枚の子葉を抱え込むようにして地中から地上に顔をだす。地中では土との接触で子葉部分が傷まないように「Uカーブ」している。モヤシの発芽も同じ。
(4) オジギソウの動きは接触によって起きることから、「触覚」そのものである。その動きの仕組みは、複葉のつけ根・葉柄や茎の葉枕の収縮によって「おじきの動き」が現れるといわれている。
(5) キュウリやカボチャの巻きひげは、接触した支物にしっかり絡みついて、丈夫にする作業は実に見事であり、螺旋状の髭が途中から反対向きにねじれ、風雨に耐える強健な支持装置を作り上げる様子には、ただ驚くばかりである。
エ. 昆虫から見た視覚・味覚・触覚のあらわれ
被子植物が地上に現れたのは白亜紀で、その花は風媒花から虫媒花へと発展。花は昆虫を多様化させ、昆虫は花の進化を助けたと考えられる。被子植物の繁栄は昆虫との共生にある。 開花・花色・蜜などは植物側からの発信情報であり、昆虫は行動することで多くの情報を知ることができる。チョウはまず色覚で花を発見。好みの色は種類によって様々である。
(1) アゲハチョウは、先駆樹種のカラスザンショウ・ネムノキ・クサギなどを食樹や吸蜜に利用。モンシロチョウはアブラナ科のカラシ油配糖体のシニグリンが唯一の食草である。
(2) 春一番に開花するのは黄色の花が先行する傾向があり、黄色の植物は群落をつくる傾向にある。その花をめざしてアブが活動する。ミツバチは学習能力が高く、集団生活を営む。花色は紫色を好むという。
注:本件資料は、NPO帆柱自然公園愛護会の会員研修用にまとめたものです。作成にあたり、下記の引用・参考文献を有効に活用させていただきました。
【引用参考文献】
- 樹木社会学 東京大学出版会/渡邊定元著
- 植物の世界 植物も言葉を操る 朝日新聞社刊/高林純示著
- 植物の世界 植物ホルモンとそのはたらき 同上刊/勝見允行著
- 新版生態学 放送大学教育振興会/藤井宏一他著
- 植物生理学 放送大学教育振興会/増田芳雄他著
- 植物生理学 裳華房/清水碩著
- 植物の体制 加島書店/井上浩著
- 森林の100不思議 日本林業技術協会編
- 花と昆虫がつくる自然 保育社/田中肇著