実はなぜ細長い・仲間とはちょっと違った殻斗など
マテバシイは今でこそ公園樹や里山でよく見かけるが、その生いたちは他の樹種に比べて一足早く誕生したと言われている。
渡邊定元著「樹木社会学」から交配や散布などによる分類を引用すると、単性雌雄同株・虫媒花・動物散布は、クリ属・シイ属・マテバシイ属・ムベ属・アケビ属などで、ブナ属・コナラ属・ムクノキ属・オニグルミ属は風媒花である。
ここに掲げた樹種は全て動物に依存した散布方式を採用している。堅果を風散布に頼ることは困難であり、遙か彼方の昔から「動物との共生関係」を築き上げてきたこと、一方、動物側は実りの秋を期待していることを「人類が認識」しないことには環境はよくならないと思う。
さて、別項で他種の堅果の成長や、成熟季の様子、用途など概略を述べたが、今回はマテバシイの堅果について、その特徴などをまとめてみた。
1.マテバシイの不思議な生態 #
マテバシイの果実は2年がかりで成長するため、翌年の秋にならないとドングリにはならな い。写真のように今年の春に誕生した弟たちと昨年誕生の兄が同居している。
ところで、マテバシイは他のドングリに比べて少し風変わりな生活様式をもっている。
例えば
1 : 他のドングリに比べて害虫にやられない。なぜ ?
2 : 殻斗は一個ごとにあるのが普通、幼少の頃は共同で一個しかない。なぜか?
3 : 果実は細長い形をしているが、なぜか?
4 : マテバシイの語源は「待てばシイ」から転じたという。ほんとう?
5 : 古代人はマテバシイを美味しいと思っただろうか..。渋味が強いが..
2.マテバシイの生活様式から.. #
1) 他のドングリに比べて害虫にやられない。なぜ?
マテバシイは単性雌雄同株・虫媒花・動物散布:マテバシイ属に分類されている。果実は2年がかりで成長するため、翌年の秋にならないとドングリにはならない。
写真のように今年の春に誕生した弟たちと、昨年誕生の兄とが同居することになる。
2年成の樹種はシリブカガシ・スダジイ・ツブラジイ等の他に、他属でクヌギ・ウバメガシ・アカガシ等がある。
ところで、ドングリは大抵どれもが虫の寄生で役立たない。
魚釣りのエサにドングリのウジ虫を培養した経験から、簡単に自家製エサができる効用は今でも忘れていない。
コナラの小さな穴から幼虫がはいだしてくるが、ハイイロチョッキリとコナラシギゾウムシである。
マテバシイの堅果は他種よりも堅いため、チョッキリやゾウムシの虫害は少ない。チョッキリはたいへんしぶとい虫で、ブナ科の大半の殻斗に穴をあけて卵を産みつける。
チョッキリとゾウムシの生存競争で、同じドングリに出会うことはない。チョッキリは、殻斗が堅くならない青い時期に穴を開けて卵を産みつける。生み終わった後の枝を噛み切って、落下させることで、他からの侵害を防ぐ手だてをはかる。まことに巧妙である。
一方、ゾウムシの活躍の時期はドングリが茶色に色づく頃になって産卵する。堅い殻斗の上から穴を開ける作業は容易でないと思うが、チョッキリとがち合わないように時間差でもって棲み分けているようである。
2) 殻斗は一個ごとにあるのが普通、幼少の頃は共同で一個しかない。なぜか?
写真をよく見てほしい。幼少の頃のドングリは1箇所に固まっている。殻斗は普通一個に一個のドングリで占有するはずなのに、マテバシイの幼児のときは三兄弟が共同の殻斗で過ごしている。
成熟期を迎える頃には、独立した殻斗を住み場所とするなど、変化に富んだドングリである。
マテバシイの進化は、殻斗と表皮を堅くすることで外敵と乾燥から身を守ることにあったといえそうだ。
他のアラカシやウラジロガシ・マテバシイなどではあり得ない不思議な生活様式を常態としているから興味がつのる。
3) 果実は細長い形をしているが、なぜか?
マテバシイの雄花の花序は、上向きに咲くことで判別しやすいし、スダジイも同じように花 時季は遠目からもよくわかる。シリブカガシは雌花序だけが直立。
ドングリは花が終わり結実の後、誕生早々には柔い殻斗の中にすっぽり包まれている。次第に成長していくが、殻斗に包まれた部分が成長点であり、太くなれば順次押し出すことで、外に出たドングリは堅くしていく。
殻斗が成長を止めたときはドングリも堅くなり成長をやめることになる。順次成長の過程は細長いドングリを生み出す要因であり、大半のドングリがこのような形をしている
4) マテバシイの語源は「待てばシイ」から転じたという。ほんとう?
待てばシイのように美味しくなるということから転じた。・・ちょっとこじつけくさい。九州はマテバシイの本場である。この葉先によく似た「刃物」のことをマテという。
ここから転じたのではとの説がある。本当のところ語源は明確ではない。
5) 古代人はマテバシイを美味しいと思っただろうか..。渋味が強いが..
マテバシイの学名は、リトカルプス・エドゥリス(Lithocarpus edulis Nakai.)で「石のようなドングリ」と「食用になる」の意味。堅い殻があって食べられることから縄文人もクリと 合わせて重要な食糧源であったことは確かである。
問題は美味しいかどうかである。渋い皮を取り、煎ったり、蒸したりすると意外にいけるそうである。クリに比べれば劣ることは確かだし、縄文人はどんな料理をしたのだろうか。
(文責:田代 誠一)
注:本件資料は、NPO帆柱自然公園愛護会の会員研修用にまとめたものです。作成にあたり、下記の引用・参考文献を有効に活用させていただきました。
【引用参考文献】
・ 樹木社会学 東京大学出版会/渡邊定元著
・ 新版生態学 放送大学教育振興会/藤井宏一他著
・ 植物の世界 朝日新聞社刊/緒方健著 ほか
・ 牧野日本植物図鑑 北隆館刊/牧野富太郎著
・ 樹木図鑑 保育者刊/岡本省吾著
・ 木の名の由来 東書選書刊/深津正著
・ 身近な植物から花の進化を考える 東海大学出版会刊/小林正明著