総称はドングリ、似たものどうしも進化の過程でずれが・・・
「どんぐりころころ、どんぶりこ・・・」ではじまる童謡は、青木存義作詞・梁田貞作曲によるもので、大正時代に完成したとみられています。この歌ほど唄い続けられている曲もめずらしく、我が国からブナ科の樹種が無くならない以上、永遠にドングリは唄い続けられるのではないでしょうか。
今回の課題はブナ科の常緑性と落葉性の混成の因果関係や花粉交配、殻斗の違いや木の実の散布方法などを少し詳しく調べてみたいと思っています。ブナ科に統合される要因は何か..。中味はかなり専門的になりそうですが、疑問点を少しでも解明したいと考えています。
さて、話かわってドングリを食べるとなると、数多ある木の実の中で「うまい」のはどれか..? 興味のある話ですが、全種類が食に適しているとは言えないのです。まずは食から..。
1.縄文時代や弥生時代のドングリ食とは・・? #
ブナ科の中の常緑性の果実は、花が咲いて交配が無事に終われば翌年の秋になるまでの間、約2年間の年月をかけて成長し、やっと実として利用できようになるのです。長期完熟型のためシイ属やマテバシイの実はうまいのです。生食もOK。
一方の落葉性の果実はその年の秋に成熟するまでの間、約6~7ヶ月の短期促成型であり、渋皮があって生食にはむきません。食品にするには少してまがかかります。
大昔からブナ科の植生は日本列島のあちこちに繁茂し、縄文人にとっては有り難い食材であったと推定。渋い薄皮で包まれている木の実は、ドングリ粉を水を使い沈殿法によるシブ抜き方法や、沸騰してアクを取ったり、いろんな調理法を工夫しながら食していたようです。
例えば、灰汁抜きした粉を使ってだんご状のものを食べるとか、弥生時代に入ると農耕文化が普及し、たぶん「しいのみごはん」もメニユーに加わったと思われます。
現代人は自然体験のなかでドングリ食を試食することはあっても、ほとんど食材としては利用していないのが実態です。祭りの夜店でシイの実を見かける程度ですが、ツブラジイとスダジイとマテバシイ、シリブカガシ・イチイガシは、救荒食材として即利用できることを生活の知恵として覚えておくときっと役立つと思います。
2.ブナ科の仲間内にはいろんなタイプが混ざり合っている.. #
森林帯の温帯のことをブナ帯と呼び、暖帯をカシ帯と呼んでいる。分類学ではブナもカシもブナ科に統一される。分類の基本は似たもの同士の集合体ということから、似ているものの近縁関係は何んであるかが問題である。
(写真:左からクヌギ・ウバメガシ・マテバシイ)
1.同じドングリも落葉性と常緑性がある..そのドングリの違いは...?
1.照葉樹林の北東の端に位置する日本列島には、ブナ科植物が好きな湿潤な環境が広がっている。それでも中国南部や台湾の種数と比べるとずっと少ない。
2.日本列島には、暖帯性の常緑樹のシイ属・マテバシイ属・アカガシ亜属・コナラ亜属の8種と、温帯性で落葉樹のブナ属・クリ属・コナラ亜属・アカガシ亜属の12種が混成している。
3.翌年の秋でないと成熟しないドングリは、1年生の幼時の実と2年生の実とが同居している。上方の枝に幼時の形をした生長途中の実がついている箇所が観察の要点である。
4.分類上不思議なのは、落葉性が主体のコナラ亜属は1年生の堅果と2年生の堅果をつけるクヌギ・アベマキが同族扱いされていること、また常緑樹のウバメガシ(2年生の堅果)を同じ仲間とすることなど、ブナ科に統合することの分類基準が判らない..?
5.常緑性と落葉性の殻斗の違いや、種属ごとの殻斗の違いなど、特別な変位性が見いだせないのである。大まかに次の5タイプにまとめることができる。
★ブナ属・シイ属の堅果4種は、成熟時に殻斗が3~4片に裂けること。
★マテバシイ属・コナラ亜属(ミズナラ・ナラガシワ・コナラ・ウバメガシ)の6種は、殻斗の鱗片は瓦重ね状に並んで被覆している。
★アカガシ亜属の6種は、殻斗の鱗片は合着して同心円状に並んで被覆している。この亜属には常緑と落葉が混在。
★コナラ亜属(クヌギ・アベマキ・カシワ)の堅果3種は細長い鱗片に覆われている。
★クリ属の果実はイガイガのトゲが全体を完全に被覆している。
2.ブナ科の仲間は、単性雌雄同株の生活様式をもつ.. #
(樹木社会学・渡邊定元著より要点引用)
単性雌雄同株とは、同一の株に雄花と雌花がそれぞれ咲くことである。雄花や雌花のことを単性花とも呼ぶ。ブナ科には両性花は咲かないのである。
1.両性花は被子植物の進化の過程で獲得した交配システムである。両性花は被子植物の71.4%を占めており、両性花は虫媒花が圧倒的に多いといわれている。
2.系統的にみた種子植物の花の進化の原型は単性花。裸子植物の進化に雄性と雌性の分化がみられるが、まだ両性花は造られていない。
3.性型の進化を裸子植物と被子植物との比較において要約すると、裸子植物は2タイプの性型しかない。裸子植物の分類の中には未だ誕生していない草本植物はないのである。
▲単性雌雄同株(マツ属・カラマツ属・ヒマラヤスギ属・モミ属・トウヒ属・ツガ属・スギ科・コウヤマキ科・ヒノキ属・クロベ属・アスナロ属など)
▲雌雄異株(ソテツ・イチョウ・ビャクシン属・マキ属・イヌガヤ属・イチイ属・カヤ属など)、の2タイプにしか分化していない。
▲被子植物は多くの性型に分化している。これは動物との共進化の所産である。
単性雌雄同株(ブナ・コナラ・ムクノキ・クリ・シイ・マテバシイ・ムベ・アケビ他)
雌雄異株 (ユズリハ・サンショウ・ウリハダカエデ・シロダモ・アオキ他)
両全性雌雄同株(クスノキ・サクラ・ミズキ・ヤマボウシ・ムラサキシキブ他)
雄性両全性同株(イスノキ・エノキ・タラノキ・カクレミノ・トチノキ他)
雌性両全性同株(イヌビワ)
雄性雌性両全性異株(ヒサカキ)
混性同株 (ケヤキ・コシアブラ他)
など、樹木の花の付き方は複雑です。
3.ブナ科の仲間は、風媒花・虫媒花と動物散布の生活様式をもつ.. #
ブナ科の仲間は風媒花とより進化した虫媒花の二つの交配様式をもっている。成熟したドングリの散布方法は、動物散布(昆虫・鳥・動物)に頼っている。帆柱山系ではタヌキ・イノシシ・ノネズミの他、ヒヨドリやムクドリなどの野鳥が多く生息している。
1.より進化した形態をとるブナ科のコナラ属植物が白亜紀末には生育していたことが判名。白亜紀末(約6500万年前)にはすでに尾状花序植物の風媒花で動物散布している種が繁栄していたといわれているが、どんな動物が生活していたのでしょうか?
2.オニグルミ属・サワグルミ属・ブナ属・コナラ属・ユズリハ科などの樹種は、風媒花で動物散布型であるが、それぞれの種に固有な純林や集団をつくる特性があるといわれており、今後自然林を観察するうえで注目すべき点である。
3.ブナ科で虫媒花の樹種は、クリ属・シイ属・マテバシイ属である。風媒花との比較において、多くの虫媒花は虫を引きつけるために蜜をを出し、目立つ花を咲かせるなど、花の形態や器官の特性に大きな違いがみられる。
4.ブナ科のマテバシイ属やクリ属植物は、個々の花は小さいけれども、花穂を林冠の上に立たせ強烈な芳香を放って送粉者を引きつける特性がある。
5.暖帯照葉樹林ではアカガシ・ナラ類は風媒、シイ類・マテバシイ・クスノキ類は虫媒で、虫媒樹木の比率が高くなるといわれている。帆柱山系の広葉樹林ではどうでしょうか。
3.日本列島の誕生とブナ科植生の因果関係について... #
ブナ科は北半球の温帯林の中心樹種であり、熱帯から東南アジアの山地林では重要な構成種となっている。世界に7属900種が知られているが、その数は少ないものの占有面積は膨大なものがある。
北海道の冷温帯地域で優先するブナ類、西南日本の暖帯林を代表するカシ・シイ類は、上述の気候帯の分布をよく現している。またブナ科の植物はその活用法が多種多様であり、ブナ科の成育するところに人間の生活の跡がみられる。
食用・薪炭材・シイタケ栽培原木・ヨーロッパナラはオーク材として家具材に、欧米では酒樽に、堅木の性質をいかして道具の柄や器具材に、生活面に密着した形で人類と「共存共栄」を図ってきたといっても過言ではない。
1.日本列島には北緯45度の亜寒帯である北海道から、北緯26度の亜熱帯の沖縄までの気候に適応した約4500種以上の高等植物が分布している。
(以下は植物の世界・日本のフロラ史・植村和彦著より地質時代の要点を引用)
2.日本列島は中新世中期・約1500万年前に、現在の列島に近い骨格が形づくられた。これより前の時代は、ユーラシア大陸の東縁部を占めていた。
3.日本でも始新世(5400万年~3700万年前)中期から後期の植物群は、西日本の炭田地域・山口県宇部市の石炭層中から多種多様なブナ科・クスノキ科・マメ科・ヤマモモ・ツバキなどの植物化石が発見されている。
4.漸新世(3700万年~2400万年前)の北海道北見市の植生群は、落葉広葉樹が主体でメタセコイア属やスイショウ属、コウヤマキ・ネズコ・トウヒ・モミなどの針葉樹属も多数含まれている。現代の北海道は温帯フロラーであり、ユーラシア大陸のフロラーと共通性が見られる。
4.ブナ科の特徴いろいろ・・まとめ #
(植物の世界・東アジアの照葉樹林と種の多様性・堀田満著より要点引用)
照葉樹林の北東の端に位置する日本列島には、ブナ科植物が好きな湿潤な環境が広がっている。中国南部や台湾と比べると種数が少ないのは、第四紀更新世(170万年~1万年前)の寒冷な氷河期には、日本列島の南部のごく狭い地域にしか、常緑のドングリの仲間が生き残れる場所が無かったからだと考えられている。
その狭い地域に生き残ったわずかな種が、暖かくなって分布を広げたのが現在の姿である。
ドングリの仲間で北半球に広く分布しているのは、コナラ・アカガシに代表されるコナラ属である。コナラ属はアカガシ亜属とコナラ亜属の2群に大きく分かれる。
★ アカガシ亜属は東アジアの暖温帯から東南アジア熱帯地域に分布し、常緑で、殻斗に同心円状の模様がある。シラカシ・イチイガシ・ウラジロ・ツクバネ・アカガシなど。
★ コナラ亜属は東南アジア熱帯地域にはないが、北半球の暖温帯から温帯地域に広く分布し、殻斗にとげ状や鱗片状の模様をもつという違いがある。
クヌギ・アベマキ・ナラガシワ・カシワ・ミズナラ・コナラ(以上落葉性)など。 それにウバメガシ(常緑)を同類項とすることは、今後の分類の研究課題だと、先生方も述べている。
今回の課題の一つであった「ブナ科の分類の根拠」を概略次のようにまとめたのですが・・
1.ブナ科の果実は堅果で通常1種子だけが成熟する。堅果はさまざまな形をした殻斗とよばれる独特の器官につつまれるのが、この科の大きな特徴であること。
2.ブナ科のもう一つの特徴は、花弁のない花が多数集まり、尾状花序または房状となること。単性雌雄同株で動物散布の共通の生活様式をもっていること。
3.虫媒花の樹種は、クリ属・シイ属・マテバシイ属があげられる。風媒花との比較において、多くの虫媒花は虫を引きつけるために蜜をを出し、目立つ花を咲かせるなど、花の形態や器官の特性に大きな違いがみられる。
4.ブナ科のマテバシイ属やクリ属植物は、個々の花は小さいけれども、花穂を林冠の上に立たせ強烈な芳香を放って送粉者を引きつける。
5.マテバシイは雄花穂の下に雌花穂がつき、交配が容易となるようブナ科の虫媒花として進化した形態となってる。雌花は一部しか結実しない。多くの雌花は送粉者をひきつける手段として存在しているものと見られる。
6.ブナ科は約20種の樹木でもって構成。九州では全樹種がみられるが、そのうち5種類は北海道まで範囲を広げている。
以上のような特徴を含んでいるのが、ブナ科であることがわかっただけでも収穫であった。
(文責:田代 誠一)
【参考文献】
樹木社会学・東京大学出版会・渡邊定元著
植物の世界8巻・朝日新聞社・岡本素治著他
植物学入門講座2・加島書店・井上浩著
花ごよみ種ごよみ・文一総合出版・高橋新一著 他