種子だって寿命があるんです。早く芽を出したいんです
種子の散布様式は、風を頼りに翼や羽毛をつけた種子や・動物の体に付着して遠くへ運んでもらったり、また野鳥や動物が食べることで遠くへ散布される方法や機械的散布や重力散布などの方法があります。その概要について第16話で話で述べたところです。
今回の課題は、風散布で旅立った種子がうまく地面に着地できて、発芽を開始し、すくすくと成長をはじめることの可能性や・・・野鳥や動物が関与する散布・・・さらに菌根菌との共生などについて、少し立ち入って考えてみたいと思います。
それにしても、安住の地を目指して母樹を飛び立った種子は、前途にこんな大問題があるとは予想だにしていなかったのではないでしょうか。驚嘆と不思議なことが連続します。
1.前途多難な旅立ち・・生きのびることの難しさ #
これらのことを、渡邊定元著の樹木社会学「種子散布の適応戦略」から引用すると、植物界の親子関係は冷酷で驚嘆するばかりです。
1.親木の傘下や周辺では更新木の死亡率(後継樹の成育しない現象)が著しく高いことから、親個体傘下排除説を説く。樹冠下で幼苗の発生が見られないのに納得。
2.母樹の個体維持の立場からみると、将来自分自身と競争関係を醸しだすような親子関係はないほうがよいのである。これは寿命の長い樹木にとっての自己保存の戦略とみてよい。
3.光質を感知するのは色素のフィトクロムである。樹冠を通過してきた太陽光の660nm波長域の赤色光は、休眠を打破する作用がある。目覚めた種子は発芽に向かう。
4.葉を通過した光りは林床には730nm波長域の遠赤色光の割合の多い光りが届くことになり、休眠を誘発したり、発芽障害をおこすのである。埋土種子への動きが感じられる。
5.カンバ類・ハンノキ類・ニレ類・エノキ・カツラ・ツツジ・ウツギ・などの広葉樹のほか、針葉樹のスギ・トウヒも障害をおこすと説く。
6.樹冠下で発芽しても日照不足で枯れるのが大半である。それよりもギャップをじっと待つのが賢明である。帆柱山系のスギ稚樹はギャップ箇所でよく観察できる。
2.予想される先住植物との闘い・・発芽に邪魔な林床植生など #
さらに別の問題に直面。種子がうまく着地したとしても、先住者である低木類との競合に勝ち抜かないと成木にはなれないのである。(以下、渡邊定元著・樹木社会学より要点引用)
日本列島では林冠構成種の更新が不良とされる主な原因は、多様性に富む森林が多いこと、林床植生の密度が高いことがあげられる。このことが更新の難しさを現す。(写真:帆柱山系のクスノキの樹冠下の植生)
1.更新を妨げる決定的な要因は、ササ類の繁茂、下木植生の繁茂、照度不足など、葉の下では容易に他種の実生の発生は期待できない。特に低木類による光り環境を阻害されると生存は不可能である。
2.照葉樹林においても、クスノキの幼樹を母樹の近辺で見つけ出すことは難しい。このことは、帆柱山系のクスノキ・タブノキの森でも確認できる。
3.高木の林床植生の制御方法は葉量を増やして照度を低下させることや、アレロパシーによる化学的排除説が述べられている。
照度を低下させるには相当量の葉量が必要であり、40年生以下の針葉樹林では可能だとしても、広葉樹林や針広混交林では林冠を構成する葉量からみて、クロナール植物を排除することはできない。
地下茎型のクローナル植物には、ササ類のほかにエゾイチゴ・クマイチゴ・モミジイチゴなどのキイチゴ類がある。クロナール植物は軍団型戦略をとっている種である。
クスノキは関東以西の四国・九州の山地でよく見かける。原産地は熱帯だとか自生種だとか意見が分かれているが、外来種であったら帰化樹木の様子が濃厚である。
神社仏閣に残る奈良平安期の仏像や彫刻物は、クスノキを原木とするものが多い。かなり昔から自生していたのではないのかという思いはあっても、自生の根拠の研究まちである。
3.種子の寿命と休眠 #
(井上 浩著・植物学入門講座より要点引用)
こんな厳しい環境の下でもそれぞれの植物体は子孫繁栄のため「想像を絶する過酷な生存競争を続けているのである。」・・それにしても、種子自体には当然寿命があり、この間に何とかして発芽したいものだが・・。しかし、条件が整うまで待機をつづけるわけだが、この期間にも限度がある。
1.種子は散布された状態でその年のうちに発芽するもの、翌年に発芽するもの、翌々年に発芽するするものなどのタイプがある。条件が悪い場合には埋土種子となって長期間休眠する樹種がある。 休眠と埋土種子は系統維持と個体維持をつなぐ種にとって重要な特性。
2.樹種によって休眠期間の長短がある。休眠期間がすぎると発芽をはじめる。休眠はどのようにして破られるのかは、一般的には低温や高温に一定の時間曝されることや、動物の腸を通過するなどの処理が必要となる。(写真:岩の割れ目から発芽したヒノキ)
3.タネが貯えられた状態の土壌をシードバンク(タネの貯蔵庫)といい、最適の条件になるまで待っているのです。 森林の埋土種子は草原に比べて少なく、熱帯降雨林で175~86 2、暖帯照葉樹林で417~2750、温帯夏緑樹林で121~9 90、亜寒帯林では夏季に埋土種子がなくなる。
4.どれだけの期間、種子が生活力、すなわち発芽能力を保って生きていられるかは、種類によってだいたい決まっている。寿命の長短によって「短命種子・長命種子」に分けられる。
保存条件によっても寿命に長短ができる。一般に低温で乾燥した状態におくと寿命は長くなる。しかし、クリ・シイ・カシ・などのブナ科の種子は乾燥に弱く、カエデの種などでも水分が35%以下になると発芽力がなくなってしまう例がある。
5.短命種子・・一般に1~12ヶ月間に発芽条件が整わなければ死んでしまう種子である。
ヤナギ類は約1ヶ月間ぐらいしかもたない短命種子で有名。この他にカタバミ・ニレ・ヤマナラシ・カエデ・サトウキビ・チャ・サルビア・アマリリス・ボタン・シャクヤク等。
6.長命種子は数年以上にわたってもなお発芽能力を失わないものである。
有名なのは大賀ハスで、千年前の種子が発芽。この他にマメ科・シソ科・アオイ科・スイレン科・などの植物には数年から数十年間も寿命の長い種子が知られている。
4.発芽と野鳥や動物との特性・・帆柱山系には多くの鳥獣が生息している #
(花鳥虫のしがらみ進化論・・上田啓介著より要点抜粋)
発芽はまわりの環境条件の中でも水分・温度・光りの三者が及ぼす影響が特に大きいのです。その他に鳥や動物の腸を通過した排泄物の中の種子の方が、発芽率も高く、より遠くへ散布されるなどの利点がこの項の課題です。
1.鳥の目は赤色を識別できるため、植物は進化の過程で赤色を獲得し、また種子の散布を鳥や動物に頼る仕組みを進化の過程で考え出したのである。(共進化)
赤い実は、ナンテン・ナナカマド・ガマズミ・モチノキ・サンゴジュ・イイギリなどのように、山野で見かける木の実は、圧倒的に赤熟した実が多いのは目立つため。
2.種子散布をうまく発展させるには、種子を取り巻く果肉部分に養分を蓄えることで運搬の見返りとしたことは持ちつ持たれつの仕組みの完成である。
それにしても翼があるからといって、そんなに遠くまで散布されてはいないようです。
いろんな研究から食べた種子は以外に近距離のところで排出されている報告がある。
3.発芽は歯のない鳥は咬むことが出来ないため、砂嚢という丈夫な胃(筋胃)をもっている。種子の果肉には発芽阻害物質が含まれており、砂嚢を通過することで吸収されてしまい、その結果、排出物の種子のほうが発芽率が促進される事例が報告されている。
4.ナナカマドの種子は、そのまま蒔いたのでは全く発芽しません。ハゼの実もそのまま蒔いたのでは2~3年は芽が出ないのである。
マサキ・ネズミモチ・クサギ・サカキ・ヒサカキなどの種子でおこなった発芽試験でも、鳥の砂嚢を通過したものほど、発芽率が高いことが証明されている。
5.木の実を食べる野鳥の代表はヒヨドリ・ムクドリなど。冬になるとシロハラ・ルリビタキ・ジョウビタキ・レンジャク類など。メジロ・ウグイス・シジュウガラなどは普段は木の実を食べないが、冬は木の実をかなり食べているという。
ツグミはピラカンサスの実が好物。ヤマドリやアオバト・カラス類も木の実を食べていることがわかっている。
6.動物も散布に一役係わっている。帆柱山系ではタヌキやノネズミ・イノシシ・ノウサギなどがクリやドングリなどの実を食べている。(写真:権現山のイノシシ)
タヌキは一年を通じて雑食だが、夏になるとヤマザクラの実、秋にはアケビを、キブシは年中食しているようである。溜め糞からブドウやゴンズイの実や、あの臭いギンナンも食べているらしいのだが、本来果実食の性質が強い動物である。
ここでギンナンの散布者の今昔について、上田啓介著の「花・鳥・虫のしがらみ進化論」の中から貴重な学説を紹介しましょう。
イチョウが地球上に現れたのが約2億年前のことです。そのころイチョウの実を丸飲みして散布するような大型の哺乳類はいませんでした。食べることのできる動物は、爬虫類(恐竜)の一族だったと思われます。
白亜紀末(約6500万年前)爬虫類が滅びた後のギンナンは、自然の落下散布に頼るようになった結果、地球上に広く分布していたイチョウは次第に分布域を狭めていったのです。そして、ついに中国大陸の一部にしか残らなかった、とい説です。恐竜の後を引き継いだ散布者はタヌキだったのです。それはタヌキの溜め糞で証明済みです。
5.菌根菌やアリやヒトとの共生は、発芽の協力者 #
(渡邊定元著・樹木社会学より要点引用)
1.菌根菌との共生
ほとんどの樹木は菌根菌と共生している。稚樹時代ではとくに菌根菌との共生によって樹木の活力が高まる。共生できない樹木の個体は枯死し、消滅する運命にあるといってもよい。外生菌根菌と内生菌根菌の2種類に区分される。
菌糸が樹木の根を覆って、その表面または表面に近い組織中に繁殖し、菌被をつくっているものを外生菌根菌という。木本植物とのみ共生している。
多くのマツ科植物やブナ科、カバノキ科植物などは外生菌根菌と共生。秋の味覚のマツタケは、アカマツ・ハイマツ・トドマツ・アカエゾマツ・ドイツトウヒなとど共生する。
内生菌根菌は、ラン菌根・ツツジ科・イチヤクソウ科植物の菌根、スギやヒノキをはじめコケ類・シダ類・草本・木本の多くと共生。
2.アリとの共生
種子散布の立役者・アリは、カタクリ・スミレ・クサノオ・ムラサキケマンなど約200 種の種子を運ぶといわれている。タネにカルンクルというアリの好きな栄養分がついて、 巣まで運んでから栄養分だけを食べてしまい、タネは巣の外に放り出してしまう。
3.ヒトの手助け
芽生えの定着環境として、自然条件での更新が不可能な環境でも、ヒトが地表処理して芽 生えの定着条件を整えると、驚くほど多数の稚樹や草本が発生する。これは条件さえ整え ば成長も可能であることを示す。芽生えた相当量が枯死する原因は乾燥によるものが多い。
★皿倉山の南斜面は植物観察ルートとして四季折々の野草が楽しめる場所である。最近はカヤが繁殖して次第にエリアが狭まってきたために、カヤの草刈りをおこない、新しい植生の誘導を願って、愛護会会員による整備作業が進んでいる。
(写真:皿倉山南斜面の整備現場)
(文責:田代 誠一)
カエデの種翼
【参考文献】
樹木社会学 東京大学出版会 渡邊定元著
植物の世界5巻 朝日新聞社 菊 池多賀夫著
植物学入門講座2 加島書店 井上浩著
花ごよみ種ごよみ 文一総合出版 高橋新一著
話の種になる種子の話 ごま書房 石井桃子著 ほか