自然発生のヤマザクラやソメイヨシノが大半です #
桜は日本人の心の花であり、古里の花である。どこに住んでいても幼少の頃のサクラが思い出される。昭和10年代の新一年生は、「サイタサイタサクラガサイタ」の片仮名が尋常小学国語読本のはじまりであった。
いにしえの桜をたどっていくと、いつの時代も花の主役に抜擢され、華やかな役目をはたしているが、現代の染井吉野と違って自生の山桜が主流。
1.いつの時代もサクラの花は人心を引きつける #
(1) 飛鳥から130年間の万葉集の時代は、遣唐使が持ち帰った梅がもてはやされた。中国文化が大流行し、紫宸殿の左近も梅の時代。万葉集に登場する植物種は150種。萩の歌が約140首でトップ、次が梅で120首、橘70首、桜の歌は46首と少ない。
(2) 「いにしえの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな」・平安中期の歌人伊勢大輔(870年頃~940年)の作品には八重桜が登場する。すでに自然交配による新種が生えていたことの証しである。
(3) 京都の平安京への遷都は794年。紫宸殿の右近の橘は959年に植え込み、梅に替わって左近の桜を植えたのは965年。以後現代までの約千年の間、左近はサクラである。
(4) 1598年豊臣秀吉は京都の醍醐寺で花見を開催。桜並木は近江、山城、河内、大和から取り寄せた桜700本を移植したのが始まりと聞く。これを機に庶民参加の花見が盛んとなる。参勤交代により各地にサクラを持ち帰り、城内に植え込んだという。
(5) サクラは日本の国花だと言われているが、法律で定められた国花はない。一般的に皇室の紋章であるキク(明治時代の太政官布告により皇室の紋章と規定)、或いはサクラが国花とみなされているにすぎない。「日章旗や君が代」が平成11年に制定されたのに対して、いささか釈然としないのが「国花」である。
(6) 各都道府県は条例などにより県の花を決めている。東京都はソメイヨシノを、山梨県はフジザクラ(マメザクラ)を、京都府はシダレザクラを県花としている。福岡県はウメ、北九州市はヒマワリを採択。また県木として福岡県はツツジを、北九州市はイチイガシである。
2.帆柱山系のサクラを紹介、またその特徴は・・ #
皿倉山、権現山、帆柱山、花尾山の4山を含む約540㌶の区域には、昔から自生のサクラがあちこちに点在し、3月後半から開花と開葉が最盛期を迎える。
手近に観察できるサクラの中から開花の早い順に紹介すると..。
(1) エドヒガン(江戸彼岸)
3~4月開花
エドヒガンは春の彼岸の頃に咲くことから「彼岸桜」とも呼ばれているが、自生の分布域は 江戸とは関係なく、本州・四国・九州の暖温帯の広範囲に生える種類である。
桜の中で最も寿命が長い品種で各地に銘木や天然記念物が残る。
★国指定の名勝・天然記念物のサクラ
奈良八重桜 | カスミザクラの栽培品種 | 天然記念物 | 奈良市地足院 |
御室 有明 | 白色でサトザクラの栽培品種 | 名勝 | 京都市右京区仁和寺 |
大村神社の大村桜 | 淡紅色で二段咲きのサトザクラ | 天然記念物 | 天然記念物 長崎県大村市 |
彼岸桜自生南限地 | ヒガンザクラ=江戸彼岸 | 天然記念物 | 鹿児島県吉松町 |
など全国に43箇所
特徴は、
・萼筒は括れた壺型(瓢箪型)
・萼片は短い
・鋸歯あり
・花柄や葉柄や脈上に毛が多い
・葉身は他のサクラより細長く毛が多い
・花弁5枚
・より細長く毛が多い
・葉縁は低い鋸歯 ・白色から淡白色
・葉柄は毛か多く蜜腺は葉身の基部につく
・花が開いた後に開葉
・白色から淡白色
・葉柄は毛か多く蜜腺は葉身の基部につく
・花が開いた後に開葉
・イトザクラ(糸桜)はエドヒガンの枝が細く垂れ下がったもの
・別名シダレザクラは平安時代後期から知られ
・形態的には枝垂れの他は江戸彼岸と変わりがない
(2) ヤマザクラ(山桜) 3月末~4月開花
帆柱山系の全山で自生のヤマザクラを見ることができる。大木から稚樹までいろいろ。
特徴は、
・日本に自生する桜の代表
・いにしえの昔より花見の対象
・花は直径3㎝で花弁は5枚
・開花と開葉が同時
・花は白色から淡紅色
・赤褐色の若芽が伸びる
・葉身は中心が広い楕円形
・鋸歯は短く先に線がある。 ・葉柄は無毛で上部に蜜腺
・萼筒は細長い筒形で赤褐色で萼片に鋸歯なし
・若木には光沢があり樹皮を使った細工物に適
・樹皮は紫褐色で横長の皮目が目立つ
・果実は黒紫色で苦い
・分布は日本の南半分にヤマザクラ
・北半分にオオヤマザクラ (別名エゾヤマザクラ)
(3) ソメイヨシノ(染井吉野・園芸品種)
3月末~4月開花
花見の主役・栽培品種として江戸時代末期に染井村(豊島区)の植木屋から「吉野桜」の名で売り出す
藤野寄命は明治33年(1900)「ソメイヨシノ」と命名
・ 開花前線の観察対象木
・エドヒガンとオオシマザクラとの雑種であろうとする説あり
・発生地も伊豆半島方面と江戸の染井の2説あり
・テングス病に罹りやすい ・萼筒に毛が多い
・花柄が長く伸びて花弁は丸く大きい
・花弁の中程にV字型の凹みがある
(4) オオシマザクラ(大島桜・伊豆諸島特産)当地では4月上頃
オオシマザクラは伊豆大島に多く生えていることによる。暖かい海岸部に生育し樹高は20m以上にもなる。
・ヤマザクラに比べて花も葉も大きい
・葉身は10㎝以上にもなり葉裏は緑色
・花色は普通白色で桜に珍しく芳香あり
・葉柄無毛
・上部に大きな蜜腺
・各部分に毛なし
・園芸品種の元親 ・染井吉野の片親
・花は開葉よりやや先
・遠目には青白く見える
・葉縁は芒状鋸歯
・鋸歯の先は糸状に伸びているのが特徴
・桜餅の葉に使用
(5) フユザクラ(冬桜)
冬と春の2回開花
片親がマメザクラであることは確実。もう一方の親はヤマザクラとサトザクラの両説がある。
種間雑種の栽培品種である。帆柱森林植物園のサクラ広場の人気ザクラは、このフユザクラである。同一系統のように見られる「不断桜」とは、全く両親が異なる。
秋から春まで咲き続けることから「不断桜」と呼ばれる種が鈴鹿市の観音寺にあって、国の天然記念物に指定されている。ヤマザクラとオオシマザクラの種間雑種の栽培品種である。
帆柱山系のサクラは、植林した園芸品種と自生のサクラを含めると、約20種類は生育してると見込まれるが、園芸品種の同定はかなり難しく、専門家に頼らざるをえない。
3.帆柱山系のサクラ名所案内・・ #
近年皿倉山一帯でのサクラの開花が増えたのは、
ア・昭和58年度に着手した帆柱森林植物園造成事業(市建設局)の成果と
イ・昭和60年代に稲荷神社経由の北斜面登山路周辺の環境緑化事業(市経済局)の達成と
ウ・平成2年から実施の前田桃園地区上流域の生活環境林整備事業(営林署)の実績などが、
サクラを増やし、成長を促し、景観整備に寄与してきた成果だと思っている。
(1) 花尾山頂から自然林のサクラを展望
花尾山頂から皿倉山、帆柱山の斜面を一望すると、淡い褐色から薄紅色の樹冠があちこちに点在している様子が目に映る。自生のヤマザクラとみてほぼ間違いない。
一週間遅れで自生のソメイヨシノが白色の樹冠を醸しだし、追っかけて新葉の芽吹きで全山が萌葱色にかわり、一年で最も爽快な気分を味わえる。
(2) 権現山周回歩道にはオオシマザクラの大木と・・・・
いつ頃のことか定かではないが、ご当地にオオシマザクラの大木が鎮座している。自然分布域は伊豆大島からその周辺であると言われていることから、人工植栽木に間違いなさそう。
隣接の森林には自生のヤマザクラが生い茂り、オオシマザクラと同時に観賞できるのは此処だけの特権である。権現山頂も隠れた癒しの場所でありお勧めポイント。
(3) 森林植物園と園路周辺の絶景コース・・・
昭和58年に着手した帆柱森林植物園の一画にサクラ広場がある。園芸品種約10種類を植え込んであるが、全てが育成管理の途上にある。
東側の「カエデの森」にはサクラが相当数混生していることと、小倉市街地が遠望できる箇所として「知る人ぞ知る」絶景箇所。この沿線はヤマザクラが点在し楽しみのあるコース。
(4) 皿倉北斜面の環境整備林コース・・・
登山口の稲荷神社を通過し、皿倉山頂に向かうにつれて、環境緑化事業(市経済局)で植え込んだ花木類が連続する。やがて岩割りザクラにたどりつく。ここらで深呼吸。
この一帯の森林は、人工林として新しく林相を形成しつつあり、時間の経過と共に年々樹木の生長が観察できる良さは、他のコースでは味わえないものがある。
以上の4コースは、開花の時期が山麓周辺に比べて約10日ほど遅れて満開を迎える。2回目の花見のつもりでお好きなコースを巡ってほしい。
(文責:田代 誠一)
【参考資料】
・日本のサクラ 勝木俊雄著/学習研究社
・植物の世界 川崎哲也著/朝日新聞社
・根も葉もある植物談義 岩槻邦男著/平凡社
・日本大百科全書第9巻 小学館
・森に学ぶ101 勝木俊雄著/日本林業技術協会 その他