進化の過程でどうして、こんな違いが生じたか・・不思議です
樹木を丈夫にする樹脂の働きは裸子植物に特有な成分です。代表的な樹脂に松ヤニがあります。落葉樹ではユーカリなど一部の樹種しか含んでいません。
被子植物は主に乳液を含有。乳液は乾くと固まりゴム物質のようになります。樹木が傷ついたときに裸子植物は主に樹脂で処置し、被子植物は主に乳液で対処しています。
ケシの若い果実の乳液に含まれる「モルヒネ」は薬用に採集されるなど、植物が持っている成分は、今や人間の病気治療から健康管理にいたる日常生活に欠かせない成分を提供。
植物の効用を昔の人はよく活用。しかし現代人はその知識があまりない。動物や植物自体は先祖伝来の手法を受け継いでいるから不思議です。そうしないと生き続けられないのが動物や植物ですが、人間は新しい化学や文化生活に偏向しがちな結果ではないのかナァー。
樹木の特性は、永年固着性にはじまり分化全能性や重力屈性など、いろんな特異な生理生態をもっていますが、先の樹脂と乳液の成分は、進化の過程でどのような経過をたどり身につけたのだろうか。興味はますます募るばかりです。
★精油・樹脂・油脂の定義
◆精油(ecssential oil)とは、植物の根茎・枝葉・樹幹・花・果実などに含まれる特有の芳香をもつ揮発性の有機化合物ある。油脂とは全く別物で水に溶けにくく、アルコール・油脂などに溶ける性質(親油性・脂溶性)をもつ。約250~300種類
◆樹脂とは、天然樹脂(natural resin)と合成樹脂(プラスチック)がある。天然に産する樹脂に動物性と植物性がある。後者は植物が生理的または病的分泌物として生成するもので、一般的には樹皮に傷つけて滲出させて採取する。松脂は代表的な産物でテルペン類が主成分。
◆油脂(fats and fatty oils)とは、脂肪酸とグリセリのエステル。蛋白質・炭水化物とともに脂質として生物体を構成する三大要素の1つである。植物油脂と動物油脂に大別。一般に常温で液体のものを脂肪油、個体のものを脂肪という。食用油脂の脂肪脂はサラダ油・大豆油・ごま油・椿油・鯨油など、脂肪はカカオバター・豚脂・馬油・バター・マーガリンなど。工業用油脂にひまし油がある。
◆乳液は、植物体に含む管状の乳管でつくられる。炭水化物・脂質のほかにテルペン(ゴム・樹脂)・アルカロイド(有毒で麻薬の原料)を含む。飲むことはできない。乳液を含む植物は約3万種ともいう。乳液の最大の利用は天然ゴム。ゴム含有の植物は1800種もある。 代表的なインドゴムノキ・パラゴムノキなどは大規模に栽培。ウルシの乳液は漆器に欠かせないし、他にタンポポ・イチジク・パパイア・サツマイモなども乳液を含む。
1:樹脂を含む樹種とその用途 #
主に裸子植物の樹脂道が樹脂の産出源。スギ・ヒノキ・マツの樹脂(ヤニ)は、日常的に経験済みですが、樹皮は傷つけられると身を守るために粘液性の成分を滲出する。
この粘りが衣服に付着するとおちにくい。天然樹脂と合成樹脂(プラスチック)の分け方の他に、天然物は 硬度によって軟質樹脂、硬質樹脂(コーパル・琥珀など)に分類琥珀は高価な装飾品として流行しているが、昆虫が閉じ込められて居るとなるとさらに高価となる。ヤニは建築材にとっては嫌われものであり、ヤニ抜きをしないことには柱や板張りには使用できないから難問である。しかし樹脂の用途は広い。ここでは天然樹脂のみを述べる。
ア:樹脂の用途は
香料・装飾品・塗料・接着剤・研磨剤・滑り止め(投手が使う白い粉)・画材・医薬品など利用範囲は広範囲に及ぶ
Ⅰ) ここでは最大の用途である香料についてまとめてみた。芳香を含む香料植物の歴史は宗教的祭事のなかで、たんに焚くだけの焚香料として始まったといわれている。
古代エジプト・アラブ世界・印度・中国・日本での香料の普及は、宗教的儀式に関連し、併用する形でシナモンなどの香辛料も生活に欠かせない香料として展開。
2) その後、混ぜ物を加えた薫香料くんこうりょうが普及。保存技術の進歩により、さらに新しい香膏や香油が進出。没薬やシナモンの香膏や香油は体臭を弱める作用や身を清める意味をふくめて、人々の身体に塗ることが行われ、神像や仏像にも塗られるようになる。その跡を黒く留めた仏像にお目にかかることが有る。
3) 日本での香料の使用は、中国の影響を受けて沈香を中心とした焚香料ふんこうりょうの使用から始まり、後に茶道から香道が派生してくる。推古天皇の595年に淡路島に香木が漂着したのが沈香の最古の記録。
4) 香道は茶道・華道と並ぶ日本三大芸道のひとつであり、香道は聞香または香あそびということもあるが、香席に使用する道具は芸術的要素が高く、書道の要素も加わって総合芸術だといわれている。
5) 「香合わせ」は沈香じんこうを中心に丁香ちょうこう・白檀びゃくだん・甲香こうこう・薫陸香くんろくこう・麝香じゃこうなどを組み合わせることにより、香りが微妙に混ざり合う中から「香りを聞く」というのが正式表現。
6) 香道では香木の香質を味覚にたとえて、辛・甘・酸・醎(しおからい)・苦の五味に分類。沈香木の産地を重視し、その含有樹脂の質と量の違いから6種類(伽羅・ベトナム・羅国・タイ・真那加・マレー・真南蛮・タイ・寸門多羅又は蘇門答刺・スマトラ島・佐曾羅・不 明)に分類し 「六国五味」 という。
イ:樹脂の芳香性はいろいろ
樹脂は裸子植物に特有の産物であると述べたが、以下の香木は主に被子植物である。カンラン科・エゴノキ科・ジンチョウゲ科・ビャクダン科・セリ科・クスノキ科など。
裸子植物(樹脂)から被子植物(乳液)への進化の過程を遡ると、これらの樹種は乳液含有に至らずに、樹脂の含有にとどまっている。反面、裸子植物に乳液を含む樹種はない。
樹脂を採取する樹種によってその芳香性はいろいろ。代表的な乳香・没薬・沈香・竜脳・樟脳・丁香・八角茴香・楓香脂・などは香料として有名。三大香木とは伽藍・沈香・白檀を指す。
1) 乳香にゅうこう(マスチック)・・アラビヤ半島からソマりランドに自生するカンラン科「ボスウェリア・カルテリ(Boswellia carterii)」などから採れる芳香性の樹脂。没薬と共に古代エジブトで使われた貴重な薫香料。現在は香水や高級線香に使用。
2) 安息香あんそくこう(ベンゾイン)・・乳香類似の香料として14世紀頃から登場。乳香にまさる焚香料としてイスラムに伝えられ需要が急増する。エゴノキ科エゴノキ属の数種の樹幹に傷をつけて採取する。平滑な固まりであるが、産地によっては分泌植物や成分が異なる。安息香はスマトラ島が主産地。香りは悪を退け、諸邪を安息する」ことから安息香と名付けたことが本草網目に記述。スマトラ安息香はケイヒに似た芳香をもつ。シャム安息香は高品質でバニラの香りがする。香料・チンキや軟膏などの医薬品 、防腐剤に利用。
3) 没薬もつやく(ミラル)・・カンラン科・コミフォラ属・モツヤクジュと同属数種の木から採れるゴム樹脂を 集めたもの。精油3~1025~40%~40%・ゴム質50~60%・水分5%・その他の成分を含む。ミルラは ミイラの語源とも言われている。主としてソマリランドに産し、消費地のエジブトでは香料を確保するために、王や女王が遠征隊を派遣した歴史がある。用途は収斂・鎮痛作用を用いて外傷・打撲傷・腫れ物・筋肉痛・ 痔瘻などの治療用に利用。
4) 沈香(じんこう沈水香木)・・ジンチョウゲ科・ジンコウソ属・の数種から採れる樹種の総称。産地は 中国 南部・ベトナム・カンボジア・タイ・マレーシア・インドネシア・インドなど。 アクイラリア・アゴロカ(Aquiraiiia agollocha)から採れるものが有名。特に品質の優れたものを「伽羅・ キャラ」と呼び、古くから珍重してきた。別名を蘭奢侍という。
正倉院の香木「蘭奢侍」は長さ1.6m・直37.8㎝・重11.6㎏の大きさがあり、現在までに削り取った 人物は「足利義政・織田信長・明治天皇」の三人だけというが・・・。 「蘭奢侍」には東・大・寺の文字が隠されていることでも有名。正式名は「黄熟香おうじゃくこう」。詳しく調べた結果、50回以上の削り跡が見られるという。
沈香の名の由来は水に沈むことにある。香りの樹脂は樹体が虫害や損傷を受けたところから生じる。森林産物の中で最も高価な交易品であるため、乱伐にあって現在は上質の物が減少。
5) 竜脳りゅうのう(ボルネオール)・・ボルネオ島やマレー半島などに自生するフタバガキ亜科のリュウノウジュの幹の心材部分にできる僅少の結晶性の顆粒をいう。揮発性が高く清涼感豊かな芳香が特徴であるが、希少品のため代用品が普及。
この頃西方のインドに樟脳(カンファー)や丁香(クローブ)があったが、それ以上に上級品の結晶「竜脳」が、貴重な香料としてアラビヤ人の間に伝わった。
6) 樟脳しょうのう(カンファー)と丁香ちょうこう(クローブ)・・12世紀頃から中国ではクスノキから樟脳を抽出。希少性の竜脳の代用品として樟脳が出現すると交易上の価値は急激に下落。
さらに樟脳に代わってより優良品としてフトモモ科のチョウジノキの蕾である丁香が出現する。香りが強いことから百里香ともいう。
7) 栴檀香せんだんこう(ビャクダン)・・インドの祭りでは、乳香や没薬、安息香やググルなどの樹脂が焚香料として使われる。栴檀は白檀の中国名で、発芽の頃から香気をはなつことから「栴檀は双葉よりし」との名言あり。
原産地はインド・インドネシア・オーストラリアなど、心材部分は香りも強いが、芳香は樹脂分ではなく精 油分に由来する。香木のほかに殺菌作用や利尿作用の薬用、仏教の数珠や仏具、扇子の骨に使われるなど、生活に広く定着している。
ビャクダン科のビャクダンは、熱帯性常緑樹・雌雄異株で他の植物との混生でないと成育しないため栽培 が困難。インド政府は伐採制限、輸出規制で保護政策中。
8) 八角茴香(スターアニス)・・シキミ科シキミ属のトウシキミの果実は、無毒で中華料理の香辛料に使用。セリ科草本のアニスやウイキョウに似た芳香があり、スターアニス・大茴香とも呼んでいる。また8個の袋果 からなる集合果であることから八角茴香ともいう。
実から採れる精油をウイキョウ油として医薬品の原料に利用。インフルエンザの治療薬タミフルの合成原料の一つである。
日本に自生する常緑性小高木のシキミは全体に芳香があり、仏壇の供花に使用する場合がある。猛毒 成分のアニサチンを含むため口にすることは危険である。
古代の祭祀では常緑樹のサカキとシキミを「賢木さかき」と呼んで神事に使っていた。平安時代になる と神事に榊を、仏事に樒と区別するようになる。
9) 風香脂ふうこうし・・・マンサク科フウ属・フウ(榊)の原産地は台湾・中国南部。日本には徳川吉宗 のころ享保年間(1716~1732)に渡来。庭木・街路樹・公園樹として利油。
近縁種にモミジバフウが知られているが、フウのことを三角葉楓ともいう。独特の香りの樹脂を「楓香脂」として薬用ににも利用。楓を日本ではカエデと読むが、牧野植物図鑑では誤りとする。
2:優れた芳香性の樹種はワシントン条約で輸出禁止・・・ #
ワシントン条約とは「絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」が正式名称。1973年にワシントンで採択されたことから通称名「ワシントン条約」と呼んでいます。
この条約には付属書がついており、規制の厳しい順に「付属書Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」にリストが作られています。香木の沈香・伽羅は付属書Ⅱの規制に該当。
1) 沈香やその中で特に優れたものを伽羅と呼んでいるが、輸出国の許可書が必要。
2) 栴檀香(白檀)のインド産は原産地証明書がないと輸出できない。
3) 輸入制限のため国内での販売単価は、1g当たり2万円前後の相場を聞く。
(文責 : 田代 誠一)
注:本件資料は、NPO帆柱自然公園愛護会の会員研修用にまとめたものです。作成にあたり下記の引用・ 参考文献を有効に活用させていただきました。
【引用 ・ 参考文献】
・ 樹木社会学・東京大学出版会・渡辺定元著
・ 植物の世界・植物も言葉を操る・朝日新聞社刊・高林純示著
・ 植物の世界・植物ホルモンとそのはたらき・同上刊・勝見允行著
・ 植物生理学・放送大学教育振興会・増田芳雄化著
・ 植物学入門講座・植物の体制3・加島書店・井上 浩著
・ 森林の100不思議・日本林業技術協会編
・ フオトサイエンス静物図録・数研出版・鈴木孝仁監修
・ 植物の生存戦略・朝日新聞社・田島昌生著他
・ 植物は感じて生きている・化学同人・滝澤美奈子著