人間はカサブタや血液凝固、皮膚再生などの回復機能がはたらきます
樹皮がナイフで傷つけられた跡を観察することがある。痛ましい切り口は人間のおごりを現している。樹木だって皮膚を傷つけられれば痛いんだという思いやりをもってほしい。
今回は、永年固着性の樹木の自己防衛とか、傷の補修や完治の取り組み、葉が食害にあったとき、病原菌に取り付かれたときなど、情報の発信・受信を取り交わし、いろんな外敵に対応する備えをもっている樹木の機構に焦点を絞ってみた。本当に不思議な力をもっています。
別項の課題「植物にも五感があるのですか・・あるのです」と並行して読んでいただくと、樹木の凄さがわかり、地球上の大先輩に尊厳の念が深まると思う。
1.なぜ樹木は長生きできるのか・・ 恐竜繁栄~絶滅~被子植物の台頭 #
樹木は長寿、中でも針葉樹の方が広葉樹より長生きである。最長寿は約9500年生のヨーロッパトウヒ(成育地・スウェーデン)、次は4844年生のイガゴヨウマツ(米国)、屋久スギの約3000年生など、長寿を誇るのは針葉樹に多い。
(1) 樹命を左右するのは体を支える幹の耐久性にかかっている。針葉樹の比重は広葉樹に比べて軽いが強くて腐りにくい。針葉樹は幹を丈夫にするリグニンを含み、腐りにくい成分であるとともに、リグニンは細胞壁を頑丈にする役目を担っている。
(2) また、丈夫にする樹脂の働きは裸子植物に特有な成分である。代表的な樹脂に松ヤニがある。落葉樹ではユーカリなど一部の樹種しかもっていない。
(3) 被子植物の多くは乳液を含む。乳液は乾くと固まりゴム物質のようになる。樹木が傷ついたときに裸子植物は樹脂で処置し、被子植物は乳液で対処する。ケシの若い果実を傷つけると、モルヒネという乳液が浸出して薬用に利用されるものもある。
2.樹皮の傷の手当は・・バンドエイドは不要・・ #
樹皮は外敵から身を守るために、固いクチクラ層やコルク質で保護されている。この最外層の防衛線が何らかの原因で外傷を受けたとき、直ちに応急措置をとる機能が備わっている。
(1) 多くの樹種には樹脂細胞・樹脂道・乳液分布細胞があるように、この部分が損傷をうけると、植物ホルモンの一種で「エチレンガス」や「エタン」などの働きで、直ちに非透水性の「スベリン」や「リグニン」の合成が始まり、それが傷口を覆うことで水分の蒸発を防いでいる。
(2) 外傷が深くて、葉からの光合成産物や根からの栄養成分の通り道である「師管」を切断した場合は、カロースという多糖類が合成され、栄養分である樹液の流出を防ぎ、同時に病原菌の繁殖や体内への侵入を防止する。
(3) 根から水分を運ぶ「道管」を閉じる樹種や、「抗菌性ポリフェノール類」などを合成する樹種もあり、外傷部の細胞はいろんな活動をはじめる。
(4) 傷を受けたことで、その周辺の細胞群は新たに植物ホルモンの合成を始める能力をもつ。 その結果、傷周辺細胞は異常な速さで細胞分裂を繰り返し、最後は外傷部を完全に覆ってしまう。これをカルスと呼んでいる。
(5) 深い傷口が形成層に達すると、形成層を早く覆うために細胞分裂がすすみカルスを形成。挿し木苗の切り口は、よくホルモン処理をおこなうが、そこではカルスが発達する。
(6) カルスは新たに木材をつくる形成層と、樹皮をつくるコルク形成層に分化し、やがて外傷は完全に治癒する仕組みを樹木は備えている。
(7) 人間の外傷は、当初は血液凝固から治療・カサブタの形成・治癒は皮膚の再生で完治に達する。このような過程は樹木の外傷から治癒の様子によく似ている。
3.樹木の葉が害虫にやられたとき・・隣接葉に危険信号を発信・・ #
樹木の葉が昆虫に食害された場合、被害葉から特定の化学物質を放出して、近辺の葉に危険を知らせ、忌避物質をつくらせる特定の物質を「ケミカルコミュニレーション物質」という。
樹木の化学的情報を受信し、発信して別の個体に変化を伝える生活様式は、進化の過程で取得した樹木の自己防衛手段である。
1) 摂食葉と成長阻害物質の生成・・
ケミカルコミュニケーションは、食葉性昆虫による食害・隣接葉による物理的刺激によって、葉に何らかのストレスが生じたときに発生する。
「樹木社会学・渡邊定元著」の中から成長阻害物質であるフェノールやタンニンなどを生成した事例として、広葉樹と針葉樹の数種を引用。(以下の項においても同じく引用)
ア:ウラジロサトウカエデ ・・隣接木による物理的刺激・・フェノール・タンニンの増加
イ:シラカバ(カバノキ科) ・・物理的刺激 ・・タンニンの増加
ウ:ホワイトバーチ(カバノキ科)・マイマイガによる ・・青葉アルコールの増加
エ:ポプラ類 ・・隣接木の物理的影響 ・・フェノールの増加
オ:ヨーロッパカラマツ ・・ハマキガの一種による ・・窒素の減少、繊維分の増加
カ:ポンテローサマツ ・・物理的影響 ・・窒素、タンニンの減少
キ:ヨーロッパアカマツ ・・松ハバチによる ・・フェノールの増加
このように成長阻害物質が生成されることで、近辺には情報として発信され、また受信する側は何が起こっているかを知ることができる。
2) 樹木の危険信号は「青葉アルコール」を放出・フィトンチッドの殺菌効果も大きい・
樹木の有力なケミカルコミュニレーション物質に青葉アルコールがある。正常葉と比較して摂食中の葉より発散する揮発成分量が多くなり、摂食後の葉では減ずる。
(1) リノレン酸は緑色植物の大半がもっている必須の脂肪酸である。この脂肪酸が葉の摂食阻害を受けた場合に、酵素により分解されて青葉アルコールに変化して空気中に放出される。
(2) マイマイガなどの虫により葉が被害を受けた場合に、自個体や他の個体の葉に危険を知らせるのが青葉アルコールであり、ケミカルコミュニケーション物質である。
(3) 少し違った角度から見ると「フィトンチッドと森林浴」で注目されている精油は、揮発性の高いテルペン類が主体であるがフェノール類も含有。
(4) 揮発性成分は殺菌作用があり、幹や枝葉から大気中に放出。樹木相互の防御態勢や成長促進を図っている。
(5) 針葉樹林内の精油成分は、α-ピネン、β-ピネン、カンフェン、リモネン、などのモノテルペンが主であり、通常はα-ピネンの濃度が最も高くなる。森林内の濃度は春から夏が高く、冬場は低下する。
(6) このような成分はフィトンチッドと呼ばれている効能があり、害虫忌避・有害菌の不活性化などのはたらきがある。
(人間に対する効能は、精神安定効果・高血圧抑制・皮膚病や呼吸器系疾患の改善・大脳皮質の活性化などの医療に活用されている。また消臭効果も期待できる。)
4.摂食阻害物質・・ フェノール類で防ぐ #
摂食害を青葉アルコールによって他の隣接葉に伝えられると、葉中のフェノール量を増加させる。
フェノールは殺菌効果が高い成分であり、対食葉性昆虫に対する防御戦略として対抗する機能をもっている。
(1) 食葉性昆虫など動物に摂食される立場にある植物は、二次的代謝物として種ごとに特色ある摂食阻害物質を生合成し、化学的防御をする体制を備え持つ。
(2) 二次的代謝物の化学構造はテルペノイド・アルカロイド・キノン類・フラボノイドと多様である。フラボノイド類に属するタンニンは樹木の葉に比較的高濃度に存在する。
(3) 被子植物は食害に対して重要な障壁を形成しているのがタンニンである。タンニンのもつ渋み味は高等動物・昆虫・爬虫類・昆虫に対して忌避作用をもつといわれている。
(4) アブラナ科のカラシ油類は、摂食阻害物質として特徴があり、マメ科植物のように非タンパクアミノ酸・アルカロイド・青酸配糖体・インフラボン類の毒性化合物が多様化しているものもある。
(5) これらの化合物は、すべて最初は昆虫の摂食に対する防御手段として植物によってつくられたが、ほとんどの昆虫や動物は進化して、逆に防衛手段か、解毒機構を編み出して種の保全をはかっている。
(6) これらの毒性も今や摂食促進や誘引物質として積極的に利用されている中で、縮合タンニンだけは昆虫を誘引したことの事例はない。摂食忌避物質としての効用は継続中である。
(7) 樹木は永年固着性のため食用性昆虫にとって「顕在性」に特徴があり、容易に見つけられる。このため昆虫の食害から逃避できそうにないので、タンニンのような防御手段をとるに至ったとしている。それらは相当多量に合成され、たいていの昆虫に概して忌避効果を示す。
(8) 針葉樹は樹脂を含み、双子葉類は乳液を含むものが多い。樹木がフェノール・タンニンによって食葉性昆虫の防御機構を備えていることは、寿命が長く、個体あたりの葉量が多く、かつ器官としての葉の寿命が短く、たえず再生をおこなっているなどの特性をもっているからであろう。
(9) 一方ライフサイクルの短い草本類は、「非顕在性」であり、食害者から容易に逃避できる。 それらの化学的防御には、それぞれ青酸配糖体・アルカロイドなど特異な化学物質が生産されることで防衛している。
5. モンシロチョウはシニグリンがないと生きられない(摂食誘因・嗜好物質) #
(1) アブラナ科の中のカラシ油配糖体(シニグリン)の酵素分解物質は、多くの昆虫にとっては毒性を示し忌避物質であるが、オオモンシロチョウやダイコンアブラムシは誘引物質。
(2) モンシロチョウはシニグリンがなければ葉を摂食しないし、アブラナ科のキャベツ畑に集まるわけはシニグリンにある。雌の成虫は産卵促進物質として利用している。
(3) モンシロチョウは黄色の花が好きで、次は赤色・紫色で、白色の花はあまり好きでなさそうである。シニグリンを察知する機能は、小さな躰のどこに備えているのだろうか。
(4) 食葉性昆虫のカイコは特殊な生態にあり、桑の葉には3タイプの化学物質がを含くまれていて、誘因・そしゃく・飲み込みの各段階での化学物質は異なっている。
6.食葉性昆虫でない「松くい虫」の生態 #
戦後、外材の輸入に付着して国内に侵入をはかった通称・松食い虫は、今や青森県と北海道を除く各県にまん延している。
国内では猛威をふるっているが、繁殖は特異な形態を採用しているため、人工的に壊滅することは困難を極めている。激甚地域の被害には松食い虫の猛威を見ることができる。
駆除薬品の空中散布や大量使用に対して森林の生態系を乱し、多様性を損なう原因となる恐れありとして、全面的に容認されていないところに課題が残る
(1) 正式には「マツ材線虫病」といい、生態はマツノザイセンチュウを病原体として、伝播の媒介者としてマツノマダラカミキリが一役買っている。
(2) カミキリは6~7月頃マツの若い枝の樹皮を摂食。その傷口から線虫は潜入。主に樹脂道を通って全体に分散する。柔細胞や青変菌を餌にして増殖。
(3) マツノザイセンチュウが棲み着いたアカマツ・クロマツの樹脂は滲出しなくなる。仮道管の閉塞によって水分も通らなくなるため枯死する。被害木のマツ葉は赤褐色に変色。
(4) カミキリは樹皮の下の組織を摂食して成長。そこで越冬のあと翌5~6月頃に蛹になるが、その体に線虫が集まりだし、羽化とともに外部に飛散する機会を狙っている。
(5) 駆除方法は線虫を運ぶマツノマダラカミキリが材内から飛び出す前に殺虫すことに主眼があったが、現在は線虫の生態が明らかになったことで、両方の駆除をおこなっている。
(6) 駆除は伐倒駆除(焼却か薬剤散布)・樹幹注入(殺線虫剤)・薬剤散布(ヘリ散布や地上散布)が主な手法である。さらに線虫に強い抵抗性マツの品種改良が進み、海岸保安林などの重要な造林地で盛んに植えられている。
7.サクラを滅ぼすテングス病、その処置は・・マタケも発病・・ #
植物は微生物に感染すると「フィトアレキシン」の抗菌性物質を感染部分で生産して防衛態勢をつくる。ここでは顕著な「テングス病」について、下記の通り要点をまとめてみた。
(1) 植物は外敵や成長にかかわる物質の1つに「ホルモン」をもっている。オーキシンやジベレリン・サイトカイニン・エチレン・アブシシン酸は重要なホルモンである。
(2) その中のサイトカイニン(器官分化と老化を調節)は、オーキシンと協力して分化の調節に重要な役割を果たす。
(3) サイトカイニンの濃度が高いと芽が分化し、反対に濃度が低いと不定根が分化する。ホルモンのアンバラを引き起こすのがテングス病菌であり、この菌に侵されると多数の芽の分化がおこる。
(4) テングス病菌は、カビ又はマイコプラズマだといわれているが、カビは微生物の一種で、ウイルス・細菌(バクテリア)・真菌(カビ)・放線菌・藻類などに分類。真菌の中の糸状菌に該当。胞子を飛ばして繁殖する。
(5) 空気感染は予防が難しい。伝染した枝や幹からほうき状の小枝が密生し、花芽はつかない。英語では「魔女のほうき」という。次第に樹精が弱まり枯死するので、感染部分を切除し、焼却するのが一般的治療法である。切り口は塗布剤で保護し、腐朽菌の侵入を防ぐ。
(6) 真菌(カビ)は、昔から生活との関わりが深く、味噌・醤油・酒などの醸造食品とか、抗生物質・調味料などの製造に欠かせないのがカビである。チーズもカビの発酵による。
(文責:田代 誠一)
注:本件資料は、NPO帆柱自然公園愛護会の会員研修用にまとめたものです。作成にあたり、下記の引用・参考文献を有効に活用させていただきました。
【引用参考文献】
- 樹木社会学 東京大学出版会/渡邊定元著
- 植物の世界 植物も言葉を操る 朝日新聞社刊/高林純示著
- 植物の世界 植物ホルモンとそのはたらき 同上刊/勝見允行著
- 新版生態学 放送大学教育振興会/藤井宏一他著
- 植物生理学 放送大学教育振興会/増田芳雄他著
- 植物学入門講座 植物の体制3 加島書店/井上 浩著
- 森林の100不思議 日本林業技術協会編
- フオトサイエンス生物図録 数研出版/鈴木孝仁監修
- 植物の生存戦略 朝日新聞社/田島昌生著他
- 植物は感じて生きている 化学同人/滝澤美奈子著
- 昆虫と植物のはてな 講談社ビーシー/はてな委員会著