植物と共存・共栄の不思議な因果関係にあるのです
皿倉登山車道の沿線は、春先のツバキの開花を待って、次々と樹木の花を楽しむことができる絶好のルートです。老若男女の共通の散策道であり、気楽に楽しめることができます。
クマノミズキの花が終わりの頃、次はミズキが咲き誇り、ほぼ同じ時期にエゴノキの花が車道に覆い被ぶるように展開する様子は、すがすがしい満艦飾のようでもあります。
エゴの花びらが路上に白く彩る頃、やがて夏の訪れを知らせるシグナルにもなります。垂れ下がったエゴの実はまだ青いのですが、そのワキにはいろんな形の虫こぶが同居しているのに気づかれると思います。
エゴの虫こぶで有名なのが「猫足・正式にはエゴノネコアシ」です。 (右の写真を参照)
帆柱山系の植生は虫こぶ(虫えい・フシ)を形成する「木本類」・「草本類」を頻繁に見かけることができます。今回はいろんな形の虫こぶ(虫えい)の共存・共栄が課題です。
1.代表的な虫こぶと不思議な共生関係 #
代表的な虫こぶは、クヌギハマルタマフシ・ムクノキハスジフクレフシ・エノキハツノフシ・イノコズチクキマルズイフシ(写真・参照)・タブノキハクボミフシ・シロダモハコブフシ・イスノキエダチャイロオオタマフシ・マタタビミフクレムシ・など。これを覚えることは難題でありパスしたいところです。
不思議なことにこれらの虫こぶは、1種の植物との共生関係にあり、中には何種かにまたがって生活している昆虫もあります。
イヌビワとイヌビワコバチとの共生のように、イヌビワがないと生きてゆけないのです。どれもこれも手当たり次第に巣(虫こぶ)をつくるというわけではありません。
サクラ・ケヤキの葉やヨモギにも虫こぶをつくるのですが、日本で発見されている虫こぶは、約1400種類以上だといわれています。オトシブミの「ゆりかご」は虫こぶではありません。
2.虫こぶの歴史と利用形態 #
虫こぶは、数千年前から中国・インド・ヨーロッパなどで知られており、医薬品・染料・人間や動物の食物などに利用されてきました。18世紀中頃には獣皮の革をなめすのに用いられ、現在でも地方で見かけることができます。
植物体に含まれる苦味、渋味のもとの多くはタンニンであり、虫こぶの中で有名なのは没食子(もつしょくし)や五倍子(ゴバイシ)とも呼ばれ、特にタンニンの含有が高いことから大いに利用されてきました。
シルクロードを経由して中近東から唐へ、奈良時代には海を渡って東大寺正倉院に至り、現在は宝物として保存されています。
1) 虫こぶは昆虫だけが形成者になるのではなく、虫の他に微生物・細菌類・菌類・線虫類などの虫以外の活動によってできることが判ったことから、虫こぶという呼称は不適切だといわれるようになり、広義に「ゴール」と呼ぶようになった。
2) 18世紀の「和漢三才図絵」には、「塩麩子(えんぶし)・ヌルデ」の木に五倍子を生じ、塩を省略して「ふし・附子」としたとの記述があります。五倍子は学名はヌルデミミフシ(虫こぶが耳たぶに似る)と呼んでいますが、形成者はヌルデシロアブラムシによる虫えいです。
3) 没食子や五倍子には多量のタンニン含有率があり、「粘膜や組織を収斂させ」、「蛋白質を凝固させる」作用があることから、出血止め・下痢止め・消炎剤・解毒剤など巾広く利用。
4) 薬用のほかにタンニンの成分は、インクの材料・染料・なめす・入れ墨・お歯黒・花材・除草などに利用。お歯黒の風習は大正時代以降しだいに消滅していった。
★五倍子(フシ)・没食子(モツシヨクシ)
五倍子はヌルデの樹の若葉や若芽にヌルデシロアブラムシが寄生し、虫こぶとなったものを乾燥したもの。没食子は中近東のナラ・カシ類にインクタマバチが寄生してできる虫こぶを乾燥したもの。日本では生産されていない。
両種ともタンニンの含有率が高いため、医薬用や染料などの原料に利用。乾燥品を粉にしたものを「フシ粉」という。
キブシの虫こぶはヌルデの代用品として黒色の染料に利用されたことから「木五倍子(キブシ)」と呼ばれるようになった。
3.ゴール(虫こぶ)の生態 #
1) 虫こぶの定義とは、
植物の葉が膨れたり、芽が変形肥大したりして、こぶ状になった内部には虫が住みついていたりして、これを「虫こぶ」と呼んでいた。今は「ゴール」と呼ぶ。
2) 薄葉重著「虫こぶ入門」から「定義」を引用すると、生物の寄生の影響で植物体の細胞に生長や分化の異常が起こり、結果として奇形化したり、過度に肥大化や小型化、あるいは未発達に終わるような組織や器官がゴール」ということになる。
3) 虫こぶを利用する他の生きもの
植物体の一部に虫こぶが生じると、これを食べる・それに寄生する・空洞になった虫こぶに 住み着く・など多くの昆虫類が集まってくる。従って、脱出した昆虫などを見て、直ちに虫こぶ形成者とみなすことは誤認のもとになるので要注意。
4) ゴールを形成し寄生する植物は双子葉類に集中している。裸子植物やシダ植物には少ない。ゴールをつくる生物の大部分は昆虫であり、植物は少ない。
5) ゴールを形成する生物の大部分は昆虫主体で、昆虫はタマバエなどのハエ目が半数を占め、次いでタマバチなどのハチ目、アブラムシ・キジラミ などのカメムシ目の順になる。次いでダニや線虫で、植物によるゴールは少ない。
4.ゴールを形成する生物 #
日本は温帯に位置するため、総翅類(アザミウマ類)が少ないのが特徴的である。以下に、主なゴール形成生物について簡単に述べることにする。
1) マイコプラズマ様微生物・・葉が縮小し、枝や茎が分枝して叢生し、てんぐ巣状となる。キリ・サツマイモに寄生。
2) 細菌類・・豆類の根粒、ニンジンの根頭がんしゅ病、フジのがんしゅ病など。ツツジ・ツバキ・サザンカの葉の一部が多肉化するもち病菌、マツのこぶ病菌、ソメイヨシノのてんぐ巣病
3) 線虫類・・ネマトーダとして知られ、植物にゴールをつくり害虫とされている。反面、益虫とする意見もある。
4) キジラミ類は双子葉類の木本、そして葉に形成されるものが多い。ハクボミ型・ハマキ型・ハベリマキ型などが多い。幼虫はワックス分泌線から糸状・綿状の分泌物で体を覆うことが多く、大分部は開放型である。
5) アブラムシ類は広範囲の植物群に寄生し、一部に虫えいをつくる。ハチヂミ型・ハマキ型・ハフクロウ型などの開放型の虫えいが多い。生活環は複雑で寄生を転換するものも多い。
6) カイガラムシ類クヌギカワアレフクレフシがある。甲虫類・ハバチ類(ヤナギ類に寄生)・コバチ類(イチジクコバチ科の一部が虫えいをつくる)
7) タマバチ類の虫えいが100種以上知られているが、寄生の90%以上がブナ科で、残りはバラ科とキク科である。 形成部位は葉と芽で70%。
8) タマバエ類は虫えい形成昆虫の中で占める割合が最も高い。寄生の範囲も多岐にわたる。ヤナギ属・ブナ属・ヨモギ属には多種類のタマバエによる虫えいが見られる。
9) 蛾類はブドウ・カラスウリ・ヘクソカズラなどにスカシバ類の虫えいが見られる。
★お歯黒の風習・・(又は歯染め(ハグロメ)・鉄漿(カネ))
明治時代初期まで既婚女性の証として歯を黒く染めたが、特に皇族や公家・貴族の男性の一部で「歯染め・眉引く」の習俗が残っていた。(1870年に歯黒禁止令)
お歯黒水の製造法は753年に日本に伝わり、東大寺の正倉院に保存されている。フシ粉が欠かせない原料であることは今も同じである。
平家の武将「平重盛」が戦陣にあっても薄化粧をし、歯染めをしていたといわれているが、仮に戦に敗れ首を打たれても、無様な様子をさけるための嗜みであった。
5.虫えいの形状とその表現法 #
侵入するための開孔部が閉ざされた閉鎖型と、開孔がそのまま残った開放型の2つのタイプの形状がある。従って、形状は様々。虫こぶの発生場所は「葉」が最も多いと言われています。
葉柄・葉身・葉脈・葉縁・などに発生する形状は多岐にわたり、統一された表現はないものの、特別の表現法があって、「命名法」は寄生植物名+形成の位置+形態的特徴+フシを並べて命名することが多いとのことです。フシとは虫えいのこと。
例示すると、
1) 葉柄に発生した場合は「ハグキ」か「エ」と表現。「ウコギハグキツトフシ」
2) 葉脈に発生した場合は「ハスジ」か「ハミャク」と表現。「ハミャクフクレフシ」
3) 葉縁に発生した場合は「ハベリ」と表現。「ハベリマキフシ」・「ハベリタマフシ」
4) 葉身に発生した場合は、その形状を表現。「大きく膨れていれば→ハフクレフシ」、「角状の膨れであれば→ハツノフシ」など。次の表現も同様→「ハトサカフシ」、「ハツボフシ」、 「ハマキフシ」、「ハチヂミフシ」
6.得する情報・・食べられません #
ブドウ科・ノブドウの実は虫こぶが大半です。赤や黄色の実がついていますが、熟成したものではありません。
イヌビワの実は熟すと紫色に変色します。初秋の頃、山歩きをしているとよく見かけますが、この実も食べられるとは限っていません。イチヂクコバチが越冬するために住み着いている実は無味乾燥の状態にあります。見かけは黒っぽく見えますが食べられたものではありません。
(文責:田代 誠一)
注:今回の資料はNPO帆柱自然公園愛護会の会員研修用として書きとめた内容のものです。資料作成にあたり下記の引用・参考文献を有効に活用させていただきました。
【引用参考文献】
・虫こぶ入門 八坂書房/薄葉 重 著
・植物の世界6巻 朝日新聞社/加藤 真 著