種子形成や繁殖形態など本当に不思議な植物です。ハナイカダと同様に神秘的です。
帆柱山系のなかでも「九州産」は大切にしたい植物です。
植物界には、解らないことや不思議な現象がたくさんあります。そんな中でショウジョウバカマの繁殖の手法はハナイカダの様子とよく似た形態をたどることで、ともに不思議さでは優劣つけがたいものがあります。
帆柱山系の植物は木本系・草本系を併せて数百種類にもなります。ハナイカダはミズキ科・ハナイカダ属・落葉低木で、日陰に群生する雌雄異株、花期は5~6月頃に見られます。
葉の表面の中ほどに淡緑色の直径4~6ミリの小さな花をつける経過は、なかなか観察できるものではありません。ぜひとも花の誕生の様子を観察したいものです。
今回の課題はショウジョウバカマの繁殖形態の不思議さにあります。何の異変もない葉の表面に小さな分身の誕生は、マジツクのようであり、神秘的であり、進化と遺伝のすごさに驚嘆するばかりです。
分身の誕生もさることながら、子孫繁栄の仕組みの中で、花茎の伸長・種子の形成・3年葉の役割など、ショウジョウバカマの特異性は他に類例が見いだせないほど貴重な生活史をもっている植物なのです。
こんなに苦労して生き続けている植物に対して、人間の独占欲と傲慢さが自生地を荒らしている現状を見るごとに悲しくなってきます。例え鉢植えで可愛がっても生育環境の激変に耐えられないことを承知すべきです。「やはり野におけ、レンゲ草」の前後の意味をよく理解してほしいものです。
帆柱山系のシヨウジヨウバカマは、「ツクツショウジヨウバカマ」で亜種、学名は・Heloniopsis orientalis Maxim.ssp breviscapa ですが、分類や生態などについて図鑑や研究成果から一部引用のうえ、下記のとおりまとめてみました。(九州の山地に生育することから・筑紫・)
1.シヨウジョウバカマの分布や分類など・・ #
ショウジョウバカマは、ユリ科・ショウジョウバカマ属・北海道から九州までの低地から高山の広い範囲に生育し、山林の湿地に生える光沢有る多数の常緑のロゼット葉をもつ多年草です。日本海側では特に分布域が広いといわれています。葉の寿命は長く3年近く生きのびます。
ア)3~4月の早春、輪生した葉の中央の芽から花茎を高さ10~30㎝ほど伸ばし、茎頂の先端に6枚の花披片をもつ数個の花を横向きにつける。花披片は淡紅色から濃紅紫色、まれに白色、長さ1㎝程度。花茎は花後さらに長く伸びる。
イ)和名は紅紫色の花を猩々(酒を好む霊獣といわれ想像上の動物)の赤い顔に、地面に広がる葉を袴に例えたといわれている。
ウ)ショウジョウバカマは、花の色や花茎の形態で変異に富み、変種の「var・シロバナショウジョウバカマ」や、亜種の「ssp・ツクシショウジョウバカマ」が知られている。
エ)九州の山地に産するツクシショウジョウバカマは、花は白色で基部は花柄とともに淡紅色になるのが特徴。花披片はやや短い倒卵状長楕円形で基部はしだいに細まり、花柄との境が膨らまない。
2.シヨウジョウバカマの種子形成や繁殖形態など・・ #
ア・ 種子の結実と散布について
1)葉の中央に葉芽と花芽の2つの芽をもつ個体は、春先に先ず大きい方の花芽を開き、花茎をゆっくりと伸ばしはじめる。もう一つの葉芽は花が終わるころから開葉する。
2)ショウジョウバカマは、通常1花茎あたり4~8個の花をつけ、全ての花がほぼ同時に咲き始める。花披が開く前に蕾の先端から雌しべの柱頭が突き出る。このあと数日後に開花。
3)花期にはごく短い花茎の先端に鮮やかなピンクの雌性先熟の花を総状花序に咲かせる。花後、花茎は急速に伸長をはじめて、高さ50~㎝になる。
4)花序の先端部にまとまって咲くので、花序全体がポリネーターを誘引するためのシグナルになっていると考えられる。
5)3月下旬~4月上旬の開花期が終わると、花被片や雄しべ・雌しべは開花後10日ほどたつと褪色しはじめ、やがて緑色になる。しかし、落下することはない。まだ役割が残っているため。
6)褪色と同時に花茎はどんどん伸びていく。やがて種子ができあがる5月下旬頃まで伸びつづけ花茎は1m近くになるものもある。
7)朔果は3つにくびれ、両端に糸のように細い付属体をもった線形の種子を数百個~千数百個も形成する。
8)この種子はたいへん軽いので風に飛ばされやすい。花茎を伸ばすのは風撒布を有利にすることが考えられる。しかし、発芽した実生が生き残れるのはごくまれである。
イ・ 確実に種子をつくるしくみ・・自家受粉、他家受粉の使い分け・・
1)ショウジョウバカマの花は直径2㎝ほどで、6本ある雄しべの花柱は真っ直ぐのびて、柱頭は葯のレベルより少し上に位置する。
2)蜜は花被の基部に分泌される。このような花が一つの花茎に4~8個集まって一つの花序をなし、ほとんど同時に咲く。花序全体が昆虫を視覚的に誘引する単位になっているようだ。
3)花にきた昆虫は一つの花での吸蜜を終えると、隣の花へ移動する。動き回っている間に葯や柱頭にふれるが、小型の昆虫は接触頻度が低い。
4)密線は花披片の基部にあるが、花が盃状に開くので、ハナバチやクマバチのような大型のハチのみならず、ハナアブやツリアブのような小型の昆虫でも楽に吸蜜することができる。
★シヨウジョウバカマの繁殖形態は、雌性先熟の他家受粉だといわれているが、訪花昆虫の活動から自家受粉の可能性が高いことを研究された成果から一部引用。
A)訪花昆虫(ポリネーター)の訪れから雌性先熟の他殖型であるらしい。というのも3月下旬~4月上旬にかけて開花するにもかかわらず、高い種子生産を示す。かなり高率で自殖も行われているのである。
B)訪花昆虫の行動をみると他家受粉だけではなく、自家受粉の可能性がある。雌雄異熟のショウジョウバカマの花は、開花に先がけて柱頭部が花披の先を押し開くようにして出てくる。
C)花披が開き始めるのは、その日から2日ほどたってからである。開花後1日以内に裂開して花粉を出す。(開花前日にはすでに成熟)葯はもっと遅れて開く。葯は雨の日は閉じて晴れた日に開く。花粉が雨に流されることは少ないと考えられる。
D)富山市内の種子生産数は平均で2702個、室堂平では1138個で生育地の高度が上がるに連れて減少する。
(ニュートン・植物の世界・草本編下より抜粋)
ウ・ 二つの繁殖様式で子孫繁栄を図るも・・
ショウジョウバカマは実生がだめなら栄養繁殖の手法の両刀遣いである。3度目の冬を越した3年葉は、新しい個体を産み落とす役割を果たしたあと枯れていく。
1)花芽が開花し最盛期を迎える頃から葉芽の開葉がはじまる。新葉はやわらかくて淡い緑色をしている。早春から初夏にかけての約3ヶ月間は1年葉、2年葉、3年葉がついていることになる。
2)地面に接するような位置にある3年葉の先端では、栄養繁殖体の新個体が生活しており、その葉の接地点から林床へ移る。3年葉は役割を果たしたあとで枯れていく。
3)実生による繁殖は、発芽環境が厳しいことや、日陰地の生育困難、などによって新しい遺伝的要素をもった個体の誕生は望みうすと考えざるをえない。
その反面、親離れの時には相当の大きさに成長している栄養繁殖は、生育の確率は高いが遺伝的多様性は望めないことになる。
★実生の生育が困難であるとする原因、及び3年葉が枯れていく要因
A)葉芽が展開する頃、種子が発芽して実生があちこちで見つかるが、初めの子葉の幅は、僅か1.5㎜、長さは5㎜程度であり、日当たりの良いところで管理すれば成長も期待できるが、木陰の披陰地では林床は暗く、他の植物との競合に負けて殆どが枯れてしまう。
B)ショウジョウバカマの常緑葉の寿命は3年ほどある。厳しい冬を越したこれらの葉には、対凍性を増すための可溶性タンパクや配糖体のアントシアンが多量に蓄積されていて濃い赤紫色に変色する。よって3年目の春から夏にかけて葉の老化と枯死がおこる。
(ニュートン・植物の世界・草本編下より抜粋)
4)短期間の内に新個体は根と葉を生じ幼植物体となる。この時期の3年葉はすでに老化がはじまって地面に接している。やがて夏の終わり頃になると、栄養繁殖の幼植物は親植物から独立し、暗い林床上に点々と生育するようになる。
写真:左からツクシショウジョウバカマは開花後、緑色に褪色・中は同花被片は白色で基部は花柄とともに紅紫色になり、膨れないのが特徴。右は親植物の葉面からショウジョウバカマの幼芽が分離することになります。
(文責:田代 誠一)
【引用・参考引用文献】
・植物の世界10巻 朝日新聞社/河野昭一著
・ニュートン植物の世界 河野昭一監修
・山に咲く花 山と渓谷社/永田芳男編
・九州の花図鑑 海鳥社刊/益村 聖著
・牧野日本植物図鑑 北隆館刊/牧野富太郎著