ノックアウトマウスの「応用範囲」の拡大に期待
今年のノルウェーのノーベル賞委員会は、部門別に受賞の研究課題を発表。この中で最も関わりのある課題として、平和賞の「地球温暖化防止に尽力」と、医学生理学賞は「遺伝子の改変・置き換え操作原理の発見、および万能細胞(ES細胞)作成をマウスで成功」・(哺乳類では初の成功)・の2つは、緊急性・現実性・話題性などが高く、しかも自然環境と向き合う「愛護会の活動」にとっては、避けて通れない社会性の高い内容として、特にピックアップしたものです。
翻訳書が発売されている「不都合の真実」については別途にまとめることにして、「医学生理学賞」の概略は次のとおりです。植物の特性の一つである「分化全能生」との対比の中で、「万能細胞の創生」は驚きの一語につきます。
1) その一つは、「不都合の真実」が語っているように、地球環境はたいへん危険な方向にすすんでいる実態を、前米副大統領のアル・ゴア氏と国連IPCCが共同で発表し、世界の各地で温暖化防止の活動を続けて来たことに対する平和賞の受賞です。
(アル・ゴア氏と国連IPCCの平和賞は別途に集約しました。)
2) 植物の特性の一つである「分化全能性」及び「バイオテクノロジー」は、以前からその能力を応用して新しい遺伝子を持った新規植物(トランスジェニック・transgenic)を産出した実績は相当数になりますが、今回の「医学生理学賞」の受賞の内容は、哺乳類でも人工的に「さまざまな細胞に分化することができる万能細胞(胚性幹細胞)」を、マウスでつくりだしたことに革命的な研究成果が認められ、受賞は当然だと思う一面、驚きを禁じえないものがあります。そこで、以下の項で「分化全能性」を補習しながら振り返ってみたいと思います。
1.「分化全能性」及び「バイオテクノロジー」について #
植物の特性のひとつに「分化全能性」があります。葉・茎・花弁・花粉などの体細胞1個から完全な個体を再生させる能力を分化全能性と呼んでいます。要約すると以下のとおりです。
1)このような能力を応用して植物生理学や植物生化学および分子生物学の研究発展により、様々な植物の示す形質を遺伝子レベルで組替えなどの操作が可能になっています。
2)植物の1個の細胞の遺伝子を操作し、新しい遺伝子を持った細胞(形質転換細胞)を作り出し、組織培養法を使って、その細胞から完全な植物個体を再生すると、新しい遺伝子を持った新規植物(トランスジェニック・transgenic)を創出する技術はかなり進歩しています。
3)新規植物の応用分野に、商業的に有用な植物(園芸植物・農作物など)を開発する技術はバイオテクノロジー(biotechnology)と呼んでいますが、アジサイやユリ・シャクナゲなど新規開発の品種の方が、売れ行き良好のようです。
4)植物バイオの目標は、これまでは主として食糧増産・医薬品開発・園芸商品の育種などて業務展開を図ってきたのですが、今後は大気の浄化、自然環境の保全に役立つ植物の研究開発が社会的な要請であり、期待される分野がさまざまあります。
5)マメ科植物は窒素固定菌(根粒バクテリア)と共生し、空気中の窒素固定能力をもっていますが、この能力を他の植物も身につければ、窒素肥料の施肥は要しなくなる利点が生じます。水俣病の根源は窒素肥料の工場廃液の水銀にあるのですから・・。
6)このような「夢の植物」の実現は、生産性の向上、大気浄化の機能向上、肥料工場のエネルギー消費減、などの効果をもたらし地球環境を救う大きな手だてとなることは確かであり、実用化の研究成果がまたれるところです。今後に期待しましょう。
7)若松区の「響灘菜園株式会社」は、大規模ハイテク温室において、カゴメブランド「こくみトマト」、「デリカトマト」などの生鮮トマトを栽培しています。
8)世界最先端の「生育環境制御システム」を導入し、「ココ椰子培地養液栽培」は土壌病原菌の持ち込みが少なく、肥料・水分含有量の管理が正確かつ効率的におこなうことができます。)
9)敷地面積約8.5㌶、年間出荷量は約2500屯を計画。土地はココア椰子殻のみを100%使用。トマトの樹は15mにも育ち、35~段の多段収穫が可能。まさに工場生産です。
2.米英3氏が発見した遺伝子操作原理とは・・概要 #
マウスが持っている特定の遺伝子をノックアウト(破壊)し、生命科学研究のために実験動物として役立っている「マウス」は、バイオ時代にはなくてはならない材料なのです。
現在はノックアウトマウスは遺伝子の働きを調べたり、新薬の効果を調べたりするのに利用されていますが、米英3氏の研究によってもたらされた成果は活気的で革命的なのです。
1)受賞対象の各氏の研究概要は、次のとおりです。
★米ユタ大・マリオ・カペッキ(70)と、★米ノースカロライナ大・オリバー・スミシー(82)の二人は、染色体上にある遺伝子を別の遺伝子で置き換える手法を開発。置き換えたい別の遺伝子を電気刺激で細胞に送り込むやり方で、ノックアウトマウスを次々と 作成する技術を開発。
★英カーディフ大・マーティン・エバンス(66)は、1981年、マウスの胚から様々な細胞に分化するES細胞(胚性幹細胞)を初めて作成。ES細胞を使って特定の遺伝子を改変する原理の発見。
★二つの技術を合わせれば、遺伝子を改変した細胞を、乗り物となるES細胞に注入し、代理母マウスに移植することで、体の一部に組み換え遺伝子を持ったマウスの子供を生ませることができる。
★カペッキ教授が初めてノックアウトマウスを作成し報告したのは1989年。1996年には稲盛財団が創設の「京都賞」を受賞。3歳のとき母親はゲシュタポに逮捕、強制収容所に送られたため、4歳半でホームレスの生活。9歳の誕生日に母親が生還。
2)以上の結果、マウスの特定遺伝子の働きを止めたり、別の遺伝子で置き換える「ジーンターゲティング」が可能となり、様々な遺伝子の働きが明らかになった。
3)ガンや糖尿病をはじめとする病気の解明や治療法開発に役立っている。例えば、高血圧のマウスを作っておけば、新薬の効能を調査研究するのにたいへん便利である。
4)カペッキ氏は「ノックアウトマウス」を効率よく作成する方法を確立。現在では1万個以上のマウスの遺伝子の操作が可能になった。その数は哺乳類の遺伝子のほぼ半数に達し、500種類以上の病気のモデルマウスが作られている。
勝木元也・基礎生物学研究所名誉教授(発生工学)の話
生き物の持つ性質をよく研究した上での革命的な方法論。受賞は当然で遅すぎるぐらいだ。かっては個体に変異を起こすには精子と卵子に変異を与えて、その子孫を何世代もみていくしかなかった。 カペッキ氏らの方法で変異させた個体は、ガンや免疫などさまざまな研究に使える。
3.年の文化勲章と文化功労賞の受章者(生物関係者のみ) #
1)文化勲章:岡田 節人(80)
京都大学名誉教授(発生生物学)
水晶体細胞の細胞培養に世界で初めて成功し、目の色素上皮細胞が水晶体への形質転換することを実証するなど、先導的な研究は多くの成果をあげた。
また、受精卵から動物の体がどのようにできるかを探究する発生生物学に、細胞培養や分子レベルで解析する手法を取り入れ、成果を次々に発表した。
先見性と信念をもち、多くの独創的な研究者を育成して生物学の発展を指導してきたほか、一般向けの著書も多く出版した。文化功労者。
2)文化功労者:岩槻 邦男(73)
東京大学名誉教授(植物分類学)
長年にわたりシダ植物の系統の分類に関する研究をおこない、論争の続いていたシダ植物と種子植物の系統関係を、世界に先駆けて解明した。
また、地球環境問題について社会に訴える活動を続け、在野の植物研究家と協力し、絶滅の恐れがある野生の植物等を分類したレッドデータブックを作成した。紫綬褒章を授賞。
(文責:田代 誠一)
注:植物談義あれこれ・森の不思議を連載していますが、NPO帆柱自然公園愛護会の会員研修用の資料として書きとめた内容のものです。お互いが研鑽しながら自然環境の大切さを理解し、実行し、伝えることが愛護会活動の主題です。今回の資料作成にあたり、下記の引用・参考文献を有効に活用させていただきました。
【参考引用文献】
・「樹木社会学」 東京大学出版会 渡邊定元著
・「植物生理学」 放送大学教育振興会 森川弘道著
・「植物の知恵」 大学教育出版 山村庄亮・長谷川宏司編著
・読売新聞10月以降のスクラップ集から要点抜粋
・毎日新聞10月以降のスクラップ集から要点抜粋