見た目は広葉だし、実は果実のようだし、なのに、どうして・・
イチョウの葉は、広葉のようであるが「広葉樹」ではない。葉っぱの形や広がりだけでは判別できないことは判っていても、手にとってみれば広葉そのものだ・・・?
また、イチョウの実は裸子植物の状態には見えない。食べようとする実を取り出すには、硬い殻を割らなければならない。だけど、イチョウは被子植物ではなくて裸子植物に分類される。
このような疑問点は、日頃からたびたび問われる問題であり、「なぜ・・。どうして・・。」と追求の声は絶えない。そこで、問題点を整理し誰もが「疑問」に応えられるように、要点を次の3点にまとめてみた。
1.現生イチョウ属の出現は中生代ジュラ紀の約1億9千万年前の地層から確かめられている。化石の調査によると、中生代には多種多様なイチョウ類の植物が世界中に分布していたことがわかっている。恐竜の繁栄・鳥類の出現はジュラ紀(2億08~1億45百万年前)である。
2.約1億年後に広葉樹類は出現していることから、裸子から広葉への進化を知ることができる。針葉樹(裸子植物)と広葉樹(被子植物)との間で、最も根本的な違いは果実にある。
針葉樹の球果は、鱗片を物理的に壊さなくとも種子が露出している。まさに種子は裸なのだ。広葉樹の種子は果実によって完全に包まれており、果実を壊さないと種子は見られない。
3.イチョウの果実は種皮を肉質化したもの。種皮は二層からなり、外種皮は肉質で柔らかく、黄色くなると悪臭を放つ。これも裸の種子の証である。
銀杏の実は木化した白色の内種皮を取り除くと、薄い茶色の皮に包まれた雌性配偶体が現れる。被子植物では子房は果実になって完全に種子を包むが、裸子植物には子房がない。
次は以下の各項で「イチョウの生存の不思議」・「イチョウの葉脈の不思議」・「臭いイチョウの実」などの不思議を詳しくまとめてみた。
1.生きた化石・イチョウ・恐竜時代に栄えた #
1.最初の陸上植物はコケ植物であったと考えられる。タイ類(ゼニゴケ)・ツノゴケ類・セン類(スギゴケ類)の3系統か含まれ、最初はタイ類であるとする証拠が有力である。
2.現在は草本性のトクサ類やヒカゲノカズラ類しか残っていないが、約3億年前の石炭紀には原始的な裸子植物である前裸子植物などが大型化し、これらが森林の構成種であった。
石炭はこれらの樹木の炭化化石である。維管束の進化によって高い位置まで輸送が可能となり、低木から高木への進化がおきたものと考えられる。
3.年輪は乾湿、寒暖などの四季の変化によって生じる。石炭紀の気候は比較的変化の少ない温和な季節のため樹木に年輪が生じなかった。ペルム紀(290~245億千百万年前)になると明らかに年輪ができるようになり、イチョウ類の化石はこの時代にかなり現れる。
4.本種の先祖は2億年前の古生代末期に出現。恐竜時代に最も栄えていたが、その後の氷河期の襲来によって、多くの植物が絶滅したにもかかわらず「生きた化石」として今に残る。
イチョウの学名など
学名:Ginkgo biloba Linn(ギンキョウ ビロバ) ・ Ginkgoは漢名「銀杏」の音読み「ギンキョウ」 で、ケンペルが報告のさいGinkyoと書くのを間違ったためGinkgoとなった。
和名:イチョウは漢名の鴨脚樹(ヤーシャンシュー)の発音が、「ヤーチャオ」から「イーチャオ」 に、そして「イチョウ」になったという。公孫樹ともかく。
イチョウは一科一属一種の雌雄異株の落葉高木。中国原産といわれるが自生地は不明。
裸子植物はグネトゥム目(3科)・球果植物目(8科・針葉樹と呼ぶ)・イチョウ目(1科)・ソテツ目(3科)に分類され、全世界に約800にみたない種が残っているだけ。
2.イチョウの葉は、今は広葉、昔は細く裂けていた #
イチョウの枝には長枝と短枝がある。長枝は節間が長く伸びた普通の枝で、葉は互生につけるが実はつかない。短枝の起源は長枝についた葉の腋芽だと言われている。
短枝は1年に1㎜程度しか伸びないので、節間が著しく短かく凝縮した枝である。毎年数枚の葉をつけ、また5月、新葉の展開とともに短枝に雄花と雌花を別々につける。
1.葉は長柄の先に扇形の長さ5~15㎝、幅3~10㎝、中央に切れ込みがある。質はやや厚いが軟らかい。葉柄は春先に出たものほど短く、後から出た葉ほど柄が長くなる。太陽光をより多く受けるための知恵である。
(下の写真の葉柄を参照)
2.葉柄にある二本の維管束が葉身に入って二叉分岐を繰り返し、太さが均一な多数の葉脈を扇状に広げる。イチョウは二叉分岐を繰り返すのが特徴。広葉樹にない古いタイプの葉脈。
3.双子葉類の脈系は普通よく見るのが綱状脈系。主な葉脈のはしり方をみると羽状・掌状・鳥足状の脈が見られる。中には三行脈系もある。単子葉類は平行脈系が非常に多い。多数の脈が縦に通っていて、脈の間を横につなぐ脈もあって連絡脈という。
4.中生代ジュラ紀に栄えた頃のイチョウの葉は細く裂けており、現在のような扇形の葉は新しい時代のものである。
5.イチョウの葉の変形・・・葉の切り込みは千差万別、葉に斑の入っているものを「斑入りイチョウ」、葉がロウト状に癒合したものを「ラッパイチョウ」と呼んでいる。 (写真:二叉分岐の葉脈)
3.イチョウは代表的な裸子植物 #
イチョウは裸子植物の代表種であり、中生代のジュラ紀に繁栄していたことは、次々と発掘される化石調査で明らかである。被子植物の出現は、それより約1億年もあとのことになる。
1.裸子植物と被子植物との違いは、軟らかくて壊れやすい胚珠が剥き出しで、子房がないのに対して、被子植物では胚珠が子房に包まれ、外界から保護されていることである。
2.裸子植物にはマツやスギなどのように球果をつける植物と、ソテツやイチョウなどの古い植物があり、多くは道管をもたず、仮道管をもつ特徴がある。その他の特徴は・・・。
A.被子植物の生殖器官である雄花・雌花・花粉などの用語を、裸子植物でも使っているが、これは被子植物の花とは同じものではない。
B.裸子植物の雄花を「雄性胞子嚢穂」、雌花を「雌性胞子嚢穂」と呼ぶのが正式な学術名称。被子植物の花の構成要素である萼・花冠・子房などの構造をもっていない。
C.正式には小胞子葉(雄しべ)・大胞子葉=心皮(雌しべ)という。マツやスギでは、胞子嚢穂を「球花」、受精後の熟した雌性胞子嚢穂を「球果」と呼んでいる。
D.裸子植物は生殖器官の形態からシダ植物と被子植物の中間の進化段階にある植物で、大半は絶滅し現生のものはその僅かな生き残りである。イチョウは運動性のある精子で受精。
繁殖形態からみた特徴は、(A)全種が風媒花、(B)花の性型は雄花・雌花の単性花、(C)雄花・雌花を同一株につける単性雌雄同株、(D)風散布か重力散布の種が多い、など。
★植物の受精や交配の進化
シダ植物は胞子で繁殖・受精には水が必要~次に進化した裸子植物のイチョウやソテツは花粉交配から精子を造成・受精には水が必要~さらに進化したマツやスギなどは花粉による交配の仕組みを身につけた。(花でもなく精子でもない)~進化を極めた花は昆虫や鳥類との共生関係にある・被子植物の花~ラン科やマメ科は最も進化した花。
★イチョウの精子の発見者
平瀬作五郎は中学校の図画教師を辞して、東京帝国大学理科大学(現東大理学部)植物学教室の図工となったのは32歳のときである。明治29年秋、イチョウの精子を発見。
平瀬の偉業は東大教授陣の反発をかい、1年後には彦根中学校へ左遷した。
★ソテツの精子の発見者
現東大農学部の助教授、池野誠一郎は平瀬作五郎を指導しながら、同じ明治29年秋に、ソテツの中で繊毛をもった精子を発見。日本の近代植物学の実力を世界に向けて発表した偶発的な成果であった。
4.イチョウの実が成熟するとき臭い・・・これこそ果実でない証拠 #
A.(5月末頃になると、雄の木には雄花(小胞子葉)を、雌の木には長さ2~3㎝の雌花(大胞子葉)が咲く。咲くといっても細長い柄の先に胚珠が普通2個つく。萼も花弁もない。
B.風媒花である雄花の花粉(小胞子)は雌花の先端の胚珠に付着。花粉は胚珠内に入り、花粉室で発芽して精子ができる。精子は8月下旬頃から放出され、卵細胞を受精させる。
C.この受精卵からイチョウの胚(幼植物)ができる。胚の周りには胚乳があって全体をギンナンと呼ぶ。種子のもとである胚珠が心皮に包まれていないので果実ではない。
D.外側の果肉状に見える部分は外種皮で、10~11月頃に熟すと黄色になる。臭みが強く、人によっては触るとかぶれる。堅い殻は種内中層、殻の内側にある渋皮は種皮内層。食用になる部分はデンプンからなる内乳である。食べ過ぎに注意。
(文責:田代誠一)
【参考文献】
・樹木学 ピーター・トーマス著 築地書館
・樹木社会学 渡辺定元著 東京大学出版会
・生物の進化と多様性 岩槻邦男著 放送大学教育振興会
・植物観察入門 原 襄ほか著 倍風館
・花の観察学入門 岡崎恵視ほか著 倍風館
・身近な植物から花の進化を考える 小林正明著 東海大学出版会