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植 物 談 義    第9話
  「年の初めは「松竹梅」からスタート」

 

  明けましておめでとうございます。今年も精進しながら愚作を書き続けたいと考えています。 毎月まいつき、お付きあいのほどよろしくお願い申しあげます。

 

 さて、私たちの生活に結びついた慣わしや祭事など、年間をとおして何かと関わりをもっています。暦をめくっていきますと、年の初めから年末の大晦日までにいろんな行事があります。

 

 その多くは平安時代からの伝承だと言われており、約千年の伝承とは歴史の重みを感じないわけにはいきません。身の回りにこんなすばらしい行事があること事態、だんだんと忘れかけています。

 

 行事の由来は自然神崇拝の信仰に根ざすものが多く、四季の移りかわりを体感しながら、そこには自然界の現象とともに、いろんな植物を依りどころにしていたのです。

 

 「信仰と行事と植物」の三者は、ひとつの文化となって現代に受け継がれていますが、伝承文化には必ずその起源と理由があります。

 

 
   
  1.主な年間行事と植物

 

 1月1日 正 月・・松竹梅・約600年前の室町時代から。以前は椿を使っていた。 

 2月3日 節 分・・ヒイラギと豆
 3月3日 雛祭り・・モモ
 5月5日 節 句・・ショウブ
 7月7日 七 夕・・ササ、タケ

 8月13日お 盆 ・・ハス、盆花
 10月 日月 見 ・・ススキ
 12月 日冬 至 ・・ユズ、カボチャ
 (いずれも旧暦が原点)

 

 この他にも春の七草、さくらと花見、さといもと月見、クリスマスとツリーなど、行事に結びつく植物は邪気を祓うもの、幸を招来するもの、健康や家内安全、また願いを託する植物はそのつど重要な役割を担ってきたのです。

 
   
  2.年の初めは松竹梅から・・門松の由来
     「松の忍耐強さ、頑丈さから末永い繁栄と剛気を願う」

 

  松竹梅が慶事に用いられるようになったのは、約600年前の室町時代からといわれています。

 

 植物分類の中の裸子植物からマツが、単子葉植物からタケが、双子葉植物からウメ、が右代表に選ばれたのには、それなりの理由があったのです。

 

 

 さて『門松の由来』と選ばれたわけですが、 日本の文化は「木の文化」と言われているように、正月の「門松」こそ出発点のような気がします。大昔の縄文時代、日本の海岸線にはクロマツが生い茂っていたと思います。


 海岸線に生い茂るマツ林の木陰には魚が集まり、またマツ林の防風の効果、マツ葉や木材は燃料や灯火に利用するなど、古代人はマツの恩恵を肌身に感じていたと思います。

 

 そこからマツをあがめる「祀る」とか、マツを神と交わる木とみるなど、神格をマツに求めて歳事を祝い、邪気を追い払おうとしたのは自然の成り行きではないでしょうか。

 

 古来から日本では、神は柱や樹木に降臨すると思われてきた。門松は新年に神が来ていただく目印であり、神の依代とする思いがあります。(平安時代に門松の風習は定着)

 

 マツの特質は、1)マツは常緑で気品が高く、2)根づよい繁殖力、3)やせ地にもよく耐えて生き続ける、などから松の忍耐強さ、頑丈さから末永い繁栄と剛気な日々の成り立ちを願ったのではないでしょうか。

 

 
   
  3.タケのいわれは・・竹という字は竹の葉の形
    「竹の無限の繁殖と邪気を祓う力から永遠の寿命と純心を願う」

 

  タケの役割は、七夕のササやタケで象徴されるように神の依木であったり、起工式の祭場の四隅にタケを使い聖域を示すなど、門松と同様の目的があったといわれています。

 

 なぜタケには威力があり神聖なものとみられたのか..?その特質は..

 

 

(1) 古事記の神話でタケの葉と塩が使われたのは、悪事を祓うとみられたからです。それはタケの葉と塩がもつ殺菌力によるものです。

(1989年に名古屋大・大沢助教授はモウソウタケから抗菌力の物質を発表。)

 

(2) タケの旺盛な成長力とほとばしる生命力を見て、古代人は成長のシンボルとした。
そのことは「たけ(長、猛る)」に通じることからもうかがえます。

 

(3) タケは弓に、ササは矢に使われた。弓矢が魔に対抗する手段であることは、神事や棟上げに使用した弓矢で裏付けられています。

 

(4) タケとササの葉ずれの音は、神との接点となったと考えられる。神や霊を媒介する巫女 が使う鈴は、タケやササの葉を振るときの独特の音を依代にしたと言われています。

 

 

…・竹は真直ぐに伸びて弾力に富み、地下茎の繁殖力と長命、及び筍にみられる子孫繁栄を依りどころにすること事態、タケの力に納得できます。

 

 
   
  4.ウメのいわれは・・梅は毎と木が合体
    「梅の忍耐力と結実のありさまから愛情と子孫 繁栄を願う」

 

  ウメは古くから愛され、三千年の歴史があります。ウメのふる里中国では、花を観賞する風習は紀元前からのもので、日本では梅の名は「古事記・日本書紀・風土記」にはなく、「万葉集」から記録に残っています。


  万葉集に登場する約160種の植物の中で、ウメの歌は119首、ハギの142首に次ぐ多さです。     

 

 

*天平2年(730)・太宰府の長官・大伴旅人が観梅の宴を催したときの歌がある。


    『我が園にウメの花散るひさかたの 天より雪の流れくるかも』

 

*延喜1年(901)・菅原道真が筑紫の太宰府に左遷されることになったとき、

庭の紅梅に名残を惜しんで詠った歌

 

    『東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春を忘るな』

 

 

 ウメに求められた特質は、1)どの植物よりも春早く咲き、香ばしいウメの花に忍耐強さを願い、2)美しい花は香りとともに、永久の愛情を願い、3)梅の実に因んで、子だくさんの子孫繁栄を願う、などがウメの木を依代とした理由ではないでしょうか。

 

 

 (文責・田代誠一)

 

 
   
   

【参考資料】

 

 ・ 植物と行事   湯浅浩史著

 ・ 植物ごよみ   湯浅浩史著

 ・ 竹と日本人   上田弘一郎著

 
   
 
   
   
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